36]迎え火
今年も、もうそんな季節になったのか…と藪山は思った。明日の朝は迎え火を焚き、ご先祖さまを迎えねばならない。これは、はっきり言って義務なんだろうか? と、藪山はお盆の準備をしながら思いに耽った。相手は見えない訳だし、「お元気ですか?」 『いやまあ、お蔭さまで元気に死んでます』などという会話もない訳だ。だが、そうは言っても、子供時分からそうして育ってきた条件反射的な覚えが藪山の身体には浸透していた。アンニュイな気分の藪山だったが、やはり例年通り、そうしよう…と、結論づけながら準備を進めた。
そしてその日が終わり、いよいよ迎え火の夜明けが近づいた。藪山は起きると、いつもの決まった場所で小火を焚き、ご先祖さまを迎えていた。
迎えたあと、お灯明を灯し、仏壇に向かって軽くポクポクポク! と木魚を叩くことに藪山はしていた。これもある種の儀式的なお盆次第の一部となっていた。木魚を叩く頃になると、空はすっかり明るくなり、夏のムッ! とする熱気が襲ってくるはずだった。ところが今年は不思議なことに、いつまで経っても外が明るくならない。妙だぞ? と藪山が思い、窓の外を見たときだった。
『ただいま…』
不思議な声のような響きが藪山の耳に伝わった。藪山は辺りを見回したが、なんの気配もない。そら、そうだろう…と藪山は思いながら、またポクポクポク! と叩き続けた。
『がんばりなさいよ…』
慰めともつかないような響きが、ふたたび藪山の耳に伝わった。藪山は少し怖さを覚えながら、叩き続けた。叩き終わろうとしたが、いっこうに手が止まらない。藪山の意思に反して手が勝手に木魚を叩いているのだ。止まらない! 止まらない! やがて、藪山の意識は途絶えた。
気づくと、藪山は寝室で眠っていた。外はまだ漆黒の闇で、目覚ましを見ると、そろそろ迎え火を焚く頃合いだった。藪山は起き上がると、外に出ようとしてふと、仏壇を見た。仏壇にはお灯明が灯っていた。
完




