24]裏目(うらめ)
世の中には、ひょんなことが現実になることがある。例えば、快晴の空を見ながら冗談半分に、「ははは…昼から降るよ、きっと」とか、本人も思ってないのに口に出したことが、午後になって俄かに曇りだし、どしゃ降りになる…とかいう場合だ。こういう場合を裏目という。
滝山の場合もそうだった。ただ、彼の場合は状況が違い、少し怖かったから、他人は彼と話すことを避けた。どう違ったのか・・それを今日はお話したいと思う。
蝉が鳴き集く昼下がり、滝山は軽い昼寝のあと、いつもの読書をクーラーを入れて涼みながら中座敷で楽しんでいた。豪壮な日本庭園は、渡り廊下を挟んでガラス戸一枚で遮られ、それなりに風情ある景観を与えていた。妻の翠が盆に茶の入った湯呑みを携え現れた。翠も話せば異変が起こることが分かっているから、いつも滝山とは多くを語らなかった。この日も無言で湯 呑みを置くと、「お茶を淹れました…」とだけ、ぽつりと言い、座敷から去ろうとした。そのときだった。
「お茶? なにも入ってないよ…」
滝山は空の湯呑みを翠に示しながら訝しそうに言った。まるでマジックのように中味のお茶が消え、湯呑みだけだった。翠は、しまった! と滝山に話しかけたことを悔いた。黙ったまま湯呑みを置いておけばよかったのだ。ただ、それだけのことだった。お茶を淹れた・・という事実が裏目に出て、何も入れていない・・となって現れたのである。翠は冷静な事後の所作を心得ていた。婚後、50年の重みである。
「あっ! そうでしたわ。淹れるのをうっかり忘れました」
そう言うと、翠は柔和な笑みを浮かべた。すると、あら不思議! 空の湯呑みに熱いお茶が湧き出し、八分ほど中を満たした。
「なんだ…淹れてくれたんじゃないか」
そう言うと、滝山は、フ~フ~と冷ましながら熱いお茶を啜り、茶菓子を齧った。滝山の場合、家の中ですら、こうした裏目が出るのである。まして外ならば、言わずもがなである。滝山は家でよかった…と、ホッと胸を撫で下ろした。
完




