表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/100

14]死んだはず

 山辺は海水浴へ家族とともに出かけていた。小学2年になった友輝と幼稚園年長組の美久、それに、妻の千沙の四人である。毛皮けがわ海水浴場は名の通り、毛皮のような、かなりぶ厚い松並木におおわれた浜辺で、大自然を満喫まんきつすることが出来た。ごった返す市場の人混みのような砂浜の一角にビーチパラソルを広げ、山辺一家は日陰の中にいた。

「パパ、泳いでくるねっ!」

「待てよ、俺達も泳ぐ…」

 家族四人は、浜辺へ出た。潮の香りがする風が時折り吹き、日射しはきついが水に濡れると心地よかった。というのは真っ赤ないつわりで、炎天下で熱せられた海水は、湾岸内では流れも弱く、ぬるま湯に近かった。それでも、しばらく遠浅の海でたわむれ、山辺と千沙はビーチパラソルへもどった。友輝と美久はもう少し遊ぶからと浜辺に残った。

 異変が起きたのは、その20分ほど後だった。

{パパ大変だっ! 美久が…」

 友輝の言葉と同時に山辺は新幹線のようにビーチパラソルを飛び出ていた。山辺の目に見えたもの、それは溺れかけてバタつく我が子だった。山辺は狂ったように海へ入っていた。だが、美久から今一歩のところで、美久は波間に消えた。山辺は海中へともぐっていた。

 気づいたとき、山辺は寂々(じゃくじゃく)としたどこともつかぬ所にいた。ところどころに、あかりがチラチラと見えた。前方に蒼白い顔をした老婆が一人、こちらをながめている。山辺は近づくと、その老婆にたずねていた。

「あのう…ここは、どこでしょう?」

「ふふふ…ここは、あの世の渡し口さ」

「あなたは?」

「わたしかい? わたしゃ娑婆しゃばで有名な[しょうづか美人]だわい」

「しょうづかの婆さんですか?」

「誰が婆さんじゃ! …まあ、いいがのう」

 俺は海で死んだのか…と山辺はこの瞬間、思った。

「あの、美久といううちの子は来なかったでしょうか?」

「おお、そういや、さっきな。そんな子が来たのう」

「そうでしたか…」

 やはり駄目だったか…と山辺は自分のことも忘れ、ガックリと肩を落とした。

「いや、さいの河原へ来たには来たが、すぐ戻ったぞ。お前さんが来たときな」

「えっ!」

「なにも驚くことはなかろう。死なずに生きたんじゃから喜びなされ。どうだい、お前さんも?」

 しょうづかの婆さんは、ニタリと笑った。それと同時に、山辺の意識は途絶えた。

 気づくと山辺はビーチパラソルの中で横たわっていた。

「そろそろ帰らない?」

 見上げると、しょうづかの婆さんではなく、千沙の顔があった。肩をすられ、目覚めたようだった。

「俺、死んだはずだろ?」

「誰が?」

 千沙がいぶかしげに山辺の顔を見たとき、友輝と美久が砂浜から戯れながら戻ってきた。

「これ…ひろったの!」

 美久が楽しそうに手に握ったものを山辺へ手渡そうとした。山辺が受け取って見ると、それは貝殻ではなく、一枚の一文銭だった。山辺は、確かに死んだ…と思った。


                     完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ