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愛しい人には求愛を  作者: 嘉月夜弥
〈おまけ〉
4/11

 ぼくの名前は、たちばな あきらです。

 ぼくは小さいころからなき虫で、大きくなってもなき虫のままです。

 お兄ちゃんとケンカしたときも、となりの家のけんちゃんに女の子みたいだとからかわれたときも、いつもぼくはないてしまいます。


 お父さんもお母さんも、ないてばかりではいけないと、ぼくをおこります。その時の2人の顔がとてもこわくて、ぼくはもっとないてしまいます。



 だけど、今はなかないようにがんばっています。お姉ちゃんとやくそくしたからです。



 ぼくには、だいすきなお姉ちゃんがいます。本当のお姉ちゃんじゃなくて、むかいの家にすんでいるお姉ちゃんです。


 お姉ちゃんはないてばかりのぼくに、みんなみたいにおこったりしません。だけど、ぼくがなき止むまで、いつもそばにいてくれます。



『お姉ちゃんっ…ないてばっかりで、ぼくのこときらいにならない…?』

『ははっ…なるはずないだろう。泣きたい時は泣けばいい。大事なのは、ここぞという時に泣かないことだ。わかるか?』


 お姉ちゃんは、ぼくの頭をやさしくなでながら言いました。



『わかんないっ…。ぼく、すぐないちゃうから、むりだよ」


 今だってしくしくとないているぼくに、そんなことできるわけありません。



『ふぇ…なんで、ないちゃだめなの…?』

『ふむ、そうだな。泣くことは別に悪いことでも、恥ずかしいことでもない』

『うん…』

『しかし、泣いてしまったら、涙で前が見えなくなるだろう?』

『……?』


 ぼくは、目をあけて、お姉ちゃんの顔を見ようとしました。でも、お姉ちゃんがどんな顔をしているのか、ないているぼくにはわかりません。



『うんっ…見えない…』


 お姉ちゃんの言ってたことがわかって、ぼくは首をたてにふりました。



『そうだろう?家族の顔も友達の顔も見えないし、私の顔だって見えなくなってしまう』

『……!』


 それはいやです。みんなの顔が見えなかったら、ぼくはさみしくてかなしいです。



『それだけじゃない。前が見えないと、身動きが取れなくなるんだ。進むことも戻ることもできない』

『……?』

『いざという時に何もできなくなってしまうんだ』

『…いざという時って?』

『そうだな…決して逃げ出してはいけない状況のことだ。例えば、負けられない相手に立ち向かう時や、自分にとって大切な人を守る時だな』

『立ちむかう…まもる…』


 ぼくにはちょっとむずかしくて、よくわからなかったけど、ないていてはだめだということだけはわかります。



『…できるか?』


 お姉ちゃんの声はとてもやさしいです。だけど、なみだで顔が見えないと、いつもよりうれしい気もちが半分になってしまいます。



 お姉ちゃんの顔が見たくて、ぼくは一生けんめい、なみだをふきました。



『ぼく、がんばる…』

『そうか』

『うんっ』

『…やればできる子だからな。泣かないで頑張るんだぞ?約束だ』


 ぜったいになかないというやくそくはできなかったけど、なかないようにがんばるとぼくはお姉ちゃんとやくそくしました。





「おい、ガキ!」

「なに邪魔してくれてんだ?あ?」

「……っ」


 だからこのこわい人たちから、ぼくはにげてはだめなんです。ないてはだめなんです。


 この小さな犬をぼくはまもらないといけません。それができるのは、きっと今ここにいるぼくだけです。

 

 これが、お姉ちゃんの言っていた、いざという時なんだと思います。だから、なかないでがんばります。ぼくはお姉ちゃんとのやくそくをまもりたいです。



「…さっさとその犬離せよ。お前も殴られてぇのか?」

「そうそう。痛いのは嫌だろ?」



 ぼくは、うでの中にいる子犬を、かくすようにだきしめました。

 子犬はたくさんけがをしていました。この人たちにいっぱいなぐられたり、けられたりしたからです。



「…あ?聞こえてんのか?」

「黙ってねぇでなんとか言ってみろよ」

「……っ」


 なぐられるのも、けられるのもいやです。いたいことなんてされたくありません。

 だけどそれは、きっとぼくだけじゃなくて、この子犬だっていっしょです。

 だから、おいて行くことなんてできません。そんなことをするほうが、もっといやです。


 ぼくはみんなが言うようになき虫です。だけど、この子犬を見すててしまえば、ぼくはなき虫なだけじゃなく、弱虫にもなってしまいます。


 それはなくのをがまんできないことよりも、とてもわるいことだと思います。そんなことをしたら、ぼくはきっと本当の弱虫になってしまいます。



 だけど、やっぱりこわくて、ぼくはただじっとしていることしかできません。



「へー。離す気はねぇんだな」

「あーもうなんか面倒だから、こいつも一緒に可愛がればいいだろ?」

「それもそうだな…。忠告してやったのに無視したのはこいつだし」


 その人たちの手がのびてくるのがわかって、ぼくはぎゅっと目をとじて、子犬だけでもまもれるように体を丸めました。



「……っ」


 ぼくはやくそくをまもってないていません。だけど、こわくてこわくて、心の中でお姉ちゃんにたすけをもとめました。



 すると、さっきまでかんじなかったはずの風が、きゅうに頭の上をふいたようにかんじて、ぼくはゆっくりと顔を上げました。



「……?」


 ぼくの目の前に立っていたのは、さっきまでのこわい人たちではありません。そこにいたのは、かっこいいけど、ちょっとだけこわそうな男の人でした。


 お姉ちゃんといっしょぐらいの年に見えるその人は、なぜか地めんにたおれている、こわい人たちのせなかをふんづけていました。



「…動物ってのはな、愛でるもんであって、殴るためのもんなんかじゃねぇんだよ。動物虐待って言葉も知らねぇのか?」

「うっ…」

「や、やめ」

「あ?知らねぇんだよな?知ってたらこんなことするはずねぇもんな?そういうやつらはいっぺん、動物愛護の精神ってのを養ってこい」


 その人は話しながらも、くつでずっとこわい人たちのせなかをぐりぐりしています。



 それから、たおれている人たちをそのままにして、その人はこっちのほうに歩いてきました。

 そして、ぼくのうでの中にいる子犬の、きずがいっぱいの体を見て、とてもかなしそうな顔をしました。



「ありえねぇ…」


 その人はそう言って、こわい人たちのほうへもどって行き、その人たちの顔を力いっぱいなぐりました。



「……!」


 ぼくはびっくりしたのと、いたそうなのとで、思わず目をとじてしまいました。



「…どうだ、痛いか?」

「おま、なにすんだっ…」

「くっ…!」

「こんなんじゃ全然足りねぇけど、少しはあの犬の気持ちがわかったか?これがお前らがあの犬にやってたことだ。試しに、お前らの真似してみたけど、全然楽しくねぇな」


 その人はとてもおこっているようです。




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