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愛しい人には求愛を  作者: 嘉月夜弥
【愛する人には告白を】
2/11

「…葉山(ハヤマ)さん」

「ん…?」


 長かった授業も終わり、帰る支度をしていると、不意に後ろから声をかけられた。



「少し時間いいかな?話したいことがあるんだ」


 振り返った私にそう尋ねるのは、クラスメイトの榊原(サカキバラ)くんだった。



「あー…」


 私もそこまで鈍感ではない。これでも何度か告白されるという貴重な体験をしている人間だ。


 世の中には不思議なことがたくさん溢れているからな。私のような者が告白されるというのも恐らくそのせいだろう。


 だから、彼の話したいということが、その手のものであることはなんとなく予想がつく。

 しかし、いくら予想がつくと言っても、話を聞くことすら断るのは難しいのだ。



「…わかった」

「よかった。じゃあついてきてもらえるかな?」

「ああ…」


 彼の後ろをついて行き、辿り着いたのは、美術室だった。今日は部活動が行われていないため、誰もいない教室はとても静かだ。



 早く教室に戻らなければ、史狼が迎えに来てしまう。申し訳ないが、手短に済ませてもらおう。



「それで話とは何だろうか?」


 私はさっそく話を切り出してもらうため、そう聞いた。



「…うん。もう気づいてるかもしれないんだけど、葉山さんのことが好きなんだ。よければ付き合ってほしいと思ってる」


 やはり予想した通りの話であった。気持ちはありがたいが、それに対する返事は決まっている。



「申し訳ないが……」

「あ、待って!返事の前に聞きたいことがあるんだ。葉山さんは藤城(トウジョウ)のことをどう思ってる…?」


 彼は私のとても簡潔で、しかし、明確な理由の台詞を遮り、そう尋ねてきた。


 史狼をどう思っているか?

 それはもちろん、撫で回したくなるほど可愛いと思っているし、少しのわがままならつい許してしまう程度には大切だ。


 しかし、なぜそんなことを聞いてくるんだろうか?


 疑問に思っていることが、私の表情から読み取れたのか、彼は続けて言った。



「葉山さんが藤城をその…飼ってるとかいう噂を聞いたんだ。俺にはそれがどういうことなのかわからなくて……」


 ふむ…。確かに最初は私も意味がわからなかったな。


 しかし、今はわかってもらえなくても構わないというのが正直な気持ちだ。史狼は私に飼ってもらいたくて、私も史狼を飼ってあげたい。お互いがそう思っているのだから、理解されなくても問題はない。



「…2人の関係を追及したいわけじゃない。葉山さんの気持ちを知りたいんだ。葉山さんはあいつのことをどう思ってるの?」


 むっ…どう思っているかと聞かれてもな。私は史狼の飼い主だ。だからもちろん一緒にいる。そして、史狼を大切に思っている。


 史狼の存在は、着実に私の中で大きくなっている。いつも当たり前のように一緒にいる史狼が、いなくなることなど考えたことはない。



「史狼は…とても大切だ。どうして大切なのか、考えたことはない。しかし、私は飼うと決めた時に思ったんだ」




 私はあの時のことを思い出す。


 きっと誰でもよかったわけではない。私はあの時、あの瞬間、感じてしまったのだ。



 瞳の奥に寂しさを隠している彼を、ただ…私の手で……




「…幸せにしたい、そう思ったんだ」




 史狼をどう思っているかと聞かれ、私に答えられるのはそれだけだ。好きとか嫌いとか、そういう感情はよくわからない。


 けれど、それだけは確かなのだ。



 自分の中で納得の行く答えを得られた嬉しさに、私は思わず、ふっ…と笑ってしまう。



「……っ!」


 そんな私を、彼は少し驚いたように見つめた。



「なんか…それって……」

「……?」


 そしてどこか悔しそうな表情で口を開いた。



「ただ好きっていうより、たち悪いよ…」

「ん…?そうなのか?」

「そうだよ。所詮、人間なんて自分勝手な生き物だから…。なんとも思ってないやつを、幸せにしたいなんて思わない」

「ふむ…」


 よく意味がわかっていない私の様子に、彼は深い溜め息をついた。



「振られることがわかってるから、返事は遠慮しとく」

「そ、そうか」

「うん。あ、話を聞かせてもらったお礼に、1つだけ忠告してあげる」


 彼はそう言って、少しだけ意地悪そうに笑った。



「幸せにしたいと思う相手は、きっと心が無意識に求めている人だよ。その人のために何かをしたいって気持ちこそ、その人を好きだって証拠だと思う」


 彼の言っていることを理解するのに、少し時間がかかった。



「…好き?私は史狼のことが…好きだということなのか…?」

「そういうこと。実際、俺も葉山さんのことが好きだから、そう思ってた」

「……」


 それが、ただ犬のようで可愛くて好きなのとは、違うということだろう。

 彼が私を好きな気持ちと同じで、私も史狼のことをその…そういう意味で好きということなのか?



「……っ」


 その意味を理解した瞬間、私の顔は、ぽっと赤くなってしまった。


 あまりにも明らかな私の変化を見て、彼は一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、それを誤魔化すように笑った。



「まあ、だから…そういう相手がいるなら、しっかり捕まえとかないと。逃げられても知らないよ?」


「……!」


 逃げられるという言葉に、私はマロンが家から逃げ、ずっと探し回った時のことを思い出した。


 あんな思いはもうしたくない。その相手が史狼だとしても同じことだ。


 何とかしなければ…と考えていると、突然ドタドタと大きな足跡が聞こえてきた。



「……?」


 その足音は、私たちのいる美術室の前で急に止まったかと思うと、今度は勢いよく扉が開かれた。



「残念だけど、時間切れみたいだ…」


 彼は驚いた様子もなく、苦笑すると、扉の方に視線を向けた。



 彼につられるようにして、私も後ろを振り返ろうとした瞬間……



「わあ…!」


 後ろから伸びてきた腕に腰を抱き寄せられ、私の体は暖かいものに包み込まれた。


 お腹に回された逞しい腕、背中から伝わる温もり、抱き締める力強さ。それはよく身に覚えがあるものだった。



「…びっくりするだろう、史狼」


 私の体を包み込む正体は、大きくて可愛い史狼だった。

 荒い息が首筋にかかり、どれだけ急いで駆け付けてくれたのかがわかる。



「悠…」

「なんだ?」

「どうして教室にいねぇんだ。めちゃくちゃ探したっつーの…」


 いつもと少し口調の違う史狼に、私は思わず笑みをもらした。

 史狼は気づいていないが、焦った時や照れている時、普段の話し方に戻っているのだ。


 それが本当の話し方なのだから仕方ないのに、ガキみたいだと思われたくないようで、なるべく気をつけているそうだ。



「そうか…。心配をかけて悪かったな、史狼 」


 史狼は無言で抱き締める腕にさらに力を込めた。

 それが史狼の気にしていないという気持ちの表れのようで、私もそれに応えるように史狼の腕をぽんぽんと叩いた。




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