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8話 レンファの想い

小一時間ほど歩いただろうか、初めこそ歩きなれていなかった少女は何度も転びそうになったけど、今では山道に慣れたようで思ったよりも速いスピードで進めていた。


「大丈夫? 疲れてない?」

「はい大丈夫です。山道も慣れてきましたし」


見た目より体力があるのかもしれない。そう言う少女の表情は強がりなんかはなく、確かに余裕が見られた。


(精霊の加護って、身体能力まで上がるのかしら?)


精霊の加護について文献に書いてあったのは、あくまでも助言だけだった筈だけど。


(まぁ、精霊士の数が少なすぎて研究が追いついていないだけなのかしらね)


精霊士は人の感情を知る事ができる。最も精霊に人間の心の細部までは分からないが、それでも見た目は笑顔の人間が実は悪意を持って接してきている、そんな事をこっそりと知る事ができるだけでも大きなアドバンテージになる。逆に言うと、自分が精霊士だと知られてしまうと周囲に警戒されてしまうので、精霊士は自らの力を隠すものだという。またそれが研究を遅らせている原因らしい。


(この子は隠さなかったわね。まぁ子供だからその辺分かってないだけなのかな?)


「村まではまだかかりそうですか?」

「ん~、地図を見る限りもう少しかな。思ったより早く着きそうよ」

「そうなんですか~」


それにしても……なんというか


(……可愛いなぁ)


横目でちらりと少女の方を見る。先程から時たま上の空になる少女。恐らく精霊と話しているのだろう、何やら楽しそうな表情をしていて、見ているこっちまで楽しくなってくる。なんだかさっきまでの荒んだ心が癒されていく気がしてきた。


(どんな話してるのかな?)


精霊との話は頭の中で行われるため、外からは聞こえない。一体この可愛らしい少女はどんな話をするのか興味がわいてくる(ちなみにその内容は彼女の貞操に関わる物なのだが……それを彼女が知る事は無い)


(……駄目駄目、親しくしたら色々と面倒になるかもしれないじゃない)


少女に興味を持ち始めた自分の心を抑え付ける。

余りの可愛らしさからつい話しかけたくなるけど、距離を置かないと。

懐かれでもしたら大変だ。


そう、私はあくまでも謝罪のつもりで一時的に安全な場所まで保護しているだけなのだから。

親しい人間は作らない。それは王国を再建するまで――あの憎き王を倒すまで自分で決めたルール――誓い。


少女は村に置いてもらった方がいいだろう。今は手持ちが無くとも、見た目から上級貴族だと分かる少女。手厚く保護すれば後からお礼はもらえると言えば信じてもらえるだろう。

後は信頼できそうな村人を探し、少女を任せればいい。幸い少女には精霊の加護がある。悪意のある人間に預けてしまうような事にはならないだろう。


そう考えるとやはり精霊士の力は便利だと思う。戦闘には向かないために軽視されがちだか、普段の生活においてこれほど強力な武器は無いだろう。


(私も精霊士だったら騙される事もないのかなぁ……)


はぁ、と思わずため息を吐いてしまう。

他人の力が羨ましいと思ったのは初めてかもしれない。


「どうかしましたか?」


思わず吐いて出たため息に反応したのだろう、少女はその可愛らしい顔に心配そうな表情を浮かべて、こちらを覗いてきた。

頭一つ分少女の方が小さいので、こちらを見る瞳は自然と上目使いになる。


(抱きしめたい……)


少女の純真無垢な視線を全身に浴び、ついつい思考がおかしな方向へ飛んでしまう。

ぶんぶんと顔を振り、邪念を捨てさる。


「なんでもない、なんでもないよ」

「そうですか、ええと、ざん……じゃなくてレンファさん」

「ん?」


ざん、ってなんだろう、少女はおかしな所で単語を区切り、訂正するように名前を呼んできた。


「レンファさんは冒険者なんですよね?」

「そうだけど?」

「いえ……なんていうか女性が独りでいるって危険じゃないですか?」

「まぁ、それなりに色々あるけど、大丈夫よ。私強いから」

「そ、そうなんですか」


何故か少しひきつったような顔で返事をする少女。

その表情に少し疑問を持つが、少女は質問を続けてくる。


「レンファさんはどうして冒険者をしているのですか?」

「え?」

「いえ、レンファさんほど綺麗な方なら、他にも道はありそうですし、どうしてわざわざ大変そうな冒険者に? 親は反対されなかったのですか?」


(き、きれい! 私が!? わぁ、な、なんだか初めて言われた気がする)


思いがけない少女のお世辞に不覚にも顔が少し赤くなってしまう。

王城にいた頃はまだ13歳だった為に、可愛らしいと言われた事はよくあったが、綺麗と言われる事は無かった。冒険者になってからは……こんな姿なので……


「べ、別に綺麗なんかじゃないけど……えっとね、わたし少し前に親が亡くなったの。それで他に生きる手段も知らなかったし、私が誇れるのって剣の腕ぐらいだったから」


なるべく深刻にならないように軽く言ったつもりだったが、思いのほか少女の心にダメージを与えてしまったようだ。

不用意な発言だったとその顔が言っている。

言動から痛い子だと思ったけど、それでも相手の心を想える優しい子みたいだ。

だからなるべく気にしてないように軽い口調で話しを続ける。


「それで冒険者をするようになって。最初は色々分からない事も多くて失敗してたけど、今では…え~と…今でも失敗はあるけど、なんそれでもとかやっていけるから大丈夫。それに目的もあるからね」

「目的……ですか?」

「そう、それを達成する為に私は冒険者をやっているの」


なんだか話をしているとまるで少女の方が年上の様に見えてくる。丁寧な話し方や、落ち着いた態度。先程の件があったためか不用意な事を言わないようにと、少ない言葉で返してくる思慮深い雰囲気に、逆に自分の方が落ち着かなくなってしまう。


「その、目的というのは聞いても?」

「ごめんね、それは個人的な事だから」

「そうですか……」


そう答えると少女は押し黙ってしまった。けれどその理由を話す事はできない。アルツァイスト国への復讐。その悲願の為に私は冒険者をやっている。


冒険者にはランクがあり、A~F、更にAより上のSランクが存在する。


私の目的はSランク、最低でもAランクになる事。何故なら上位ランクともなれば各国から注目され、志願すれば平民でも騎士になる事が夢ではなくなるのだ。そしてアルツァイストの騎士になれれば内部から王を暗殺する事もできるだろうと考えている。そしてもう一つの目的であるルト王国の再建だが、正直な所こちらはほぼ諦めている。いくら王女として王族の血をひいているとしても、私一人でできる事は限られているから。それよりも優先すべき事は、あの若きアルツァイスト王に無念に散った者たちの想いを思い知らせる事。


一度だけ会った事があるあの若き王、カイル=アルツァイスト=ユーゲンデッド。王城のパーティーで会った時は温和な雰囲気で、虫も殺さないような笑顔を浮かべていた。とてもこんな大それた戦争をするような人間には見えなかったけど。

だけどそれこそが彼の策だったのだろう。そうして油断させた上で、彼は同盟の協定を一方的に破棄、隠していた牙で襲い掛かってきたのだ。


脳裏に浮かぶのは無念にも死んで行く者達の声。燃えさかる城内で逃げ惑う者達。家族を想いながら死地へ向かう騎士達。

そして、最後まで国と共にあるといったミリアリアの苦痛にゆがんだ表情。

私は……彼らの無念に答えねばならない……


あの時の事を思うとと心が闇に呑まれていくのが分かる。

決して許していけない、決して忘れてはならない。

必ず、必ずあの若き王に鉄槌を下すのだ。



殺せ




ころせ




コロセ




コロセ





コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ


脳内に響く無数の声。

死んだ者達の……恨みの声


――そしてそれは……愛していた民の声


待っていて……私が……いつか必ず……


「……ファさん、レンファさん」

「あ、え?」

「どうしましたか? なんだか怖い顔してましたけど?」

「あ、ごめんね。なんでもないから」


(いけない、悪い癖ね)


あの時の事を思うと周囲が見えなくなってしまう。

今は目の前の少女に集中しなければ。


「ごめんね、何の話だっけ?」

「レンファさんの好きな服の話です」

「あ、あれ? そんな話してたっけ?」

「はい、してましたよ。えぇしてましたとも。それでレンファさんの好きな服は? あぁちなみに私のおすすめはスクール水着です、どうでしょう? いいですよ、きっと似合いますよ、西洋系美人があえて着るスクール水着、なんというこう、背徳感……とでも言いますか。たまりませんよね?」

「えぇと、まずその、すくぅるみずぎ? っていうのは何のか分からないんだけど……よね? とか言われてもその……」


あ、あれ? さっきまでの大人びた雰囲気は影も形も無くなってしまった。

異世界の話をしていた時以上の痛い感じがしてくるのは気のせいだろうか?

しかし話をしている時の輝いた瞳、そして本当に楽しそうな可愛らしい少女の笑顔は、さっきまでの思慮深い雰囲気とはうって変わり、年相応の愛くるしいものになっている。

こんな少女の姿を見てしまうと無下に会話を打ち切るのは心苦しい気分になってくる。


「えぇと、私の事より、あ、貴方の好きな服はどういったものなの?」

「私ですか? いえいえ私の事はいいんですよ、今はレンファさんの服の方が重要なんですよ」

「わ、わたしはその。冒険者だから動きやすければいいかな。その服とかあんまり気にしないし」


本当は嘘だ、私だって年頃の女の子だし、本音を言えば少女の着るような可愛らしい服だって着てみたい。

けれど、今の私にはそんな余裕は無い。心も……お金も……

そんな服を買う余裕があったら、食費や剣などの冒険に必要な物を買うようにしていた。

今着ている服もいつ買ったのか覚えてないくらい……だから尚更臭うのだろうけど……


(う~ん、もしかしてあんまり臭うから服買った方がいい、って事を言いたいのかなぁ……)


とはいえ、今は食費にすら困窮しているのだ。

服にかける余裕は無い。


「でも、でもですよ。やっぱり綺麗な服着たいとか思うんじゃないんですか?」


少女は今もなお食いついてくる。

両手をばたばたと振り、いかに服が大切なのか必死にアピールしている。


……やっぱり服が臭うのかな……


「え~と、ごめんね? その~、お金があんまり無いから、考える余裕が無いっていうか、ね?」

「………………そうですか」

「そ、そうなの」


さっきまでの興奮した表情が一気に冷めていくのを見て、なんだか申し訳ない気分になってくる。


「ならお金さえあれば考えてくれるんですね!」

「えっ!?」


突然の少女の言葉に唖然とする。

この少女は一体何を考えているのか、何をしたいのかよく分からなくなってきたのだ。

初めは上級貴族の想像の激しい痛い子だと思っていた。だからこそ安全な場所まで送り届けようと思っていた。

しかし、会話をしている時の節々に見せる思慮深い発言や大人びた雰囲気。そういった所からただの痛い子には見えなくなってきたのだ。

そしてやたらと食いついてくる服の話。


――本当に臭いが気になるだけなのだろうか?


臭いだけならただ安い服を買えばいいだけの話。わざわざ好みなんて考える必要は無い。

にも関わらず、少女はまるで私に綺麗な服、好きな服を着せたいみたいに見える。

その行動は一体何なのか? 少女の思考が全く見えない。


(そういえば、自分の事を異世界から来たっていう設定みたいだったけど、ここに来た目的なんかはあるのかしら)


「ねぇ、」

「あ、村ってあれじゃないですか?」


少女に問いかけようとしたその時、木々の向こうには目的地である小さな村が見えた。


(まぁ、ここでお別れだし。詳しい話は聞く必要もないかな)


久しぶりの他愛の無い会話。

裏表を感じさせない可愛らしい少女との会話。

そこにひと時の安らぎを感じた、感じてしまった……

私はそれを楽しいと感じてはいけない……享受してはいけない…………一緒に居たいと考えてはならない。


――私は独りでいると決めたのだから……また……淋しい思いをしたくないから。

カナデはシリアスな空気をぶち壊す能力を持っています(笑)

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