6話 痛い子
「金を出しなさい」
そう言い、剣先を突きつける。
剣を持つ右手が微かに震えているのが分かる。手には緊張の為かじんわりと汗が浮かんできた。
私は自分の為だけに私欲を満たす為だけに、この少女を脅して金を奪い取る……それはとても最低な行為。しかしもう剣は抜いてしまった。今更引く事なんてできはしない。
人形の様な少女の表情からは焦りは見えるが、それでも緊張感があまり伝わってこない。
(理解が追いついていないのか?)
「あ、あの、偽者とはいえ危ないですから」
そう言いだすと少女は何を血迷ったのか自らの手の平を剣先で切った。
「っいた!」
「馬鹿っ! 何してる!?」
少女の行動に思わず叱責してしまう……元はといえば私が剣を向けたのに
「剣先を素手で触るなんて」
少女の瞳にはみるみると涙が溜まっていく。
美しい黒色の瞳に涙が溜まっていく姿を見て
(…………無理だ)
やっぱり私にこんな強盗のような真似はできないと思い知らされる。
「…………手を貸して」
「え?」
反応が鈍い、もしかしたら脅えているのかもしれない。
――こんな年端もいかない少女に私はなんて事を……
今更ながら自分のした行為に胸が痛くなる。
「っ!」
「……すまない」
少し引っ張る力が強すぎたのか、可愛らしかった少女の表情が苦痛に染まる。
(はぁ……私は何がしたいんだろ)
「え~と、あの?」
「……すまなかった」
少女の小さな手の平を血止め用の清潔な布で巻いていく。幸い傷は浅く、これなら痕は残らないだろうと思い、少しほっとする
治癒魔術が使えればいいのだろうけど、残念ながら私は風の術士で、治癒魔術を使用できる光属性の魔術は使えない。
属性は、火・水・土・風・光・闇の六属性に分けられる。一人一属性の魔術しか使う事はできず、また属性は生まれつきで決まるため自分で選ぶ事はできない。
「だから誰を助ければいいの?」
「ん? どうしたの?」
包帯を巻き終わると、突然目の前の少女が声をあげた。
何やら心配そうな声をしていたけど、会話をするような相手はどこにも見当たらない。
「えーと、なんといいますか、頭の中で声がしてまして……」
「貴方は精霊の声が聞こえるの?」
噂には聞いた事がある。
精霊と会話する事が出来る精霊士。詳しい事は分かっていないが、魔術が使用出来なくなってしまう代わりに、精霊の加護を得るという。
「珍しいね、精霊士なんて初めて見る」
「……そうなんですか」
最も精霊士の力は表には出ない物のため、もしかしたら会っているのかもしれないが、それでも余り聞く事はない。
「精霊はなんて?」
「たすけてあげて、って言ってます。この状況からすると貴方の事ですかね?」
「いや、聞かれても困るんだけど……」
――たすけてあげて……か。確かにこの現状を助けてくれるなら嬉しいけど、私のような個人の為にわざわざ精霊が動くの?
「それで、貴方はここで何を?」
話を聞く限りでは精霊の声に導かれてといった感じなのかもしれないが、それでもやはり不自然さを感じる。例え精霊の導きで会ったとしても、年端も行かない、それも上級貴族と思われるお嬢様が共を付けずに独りで森の中を歩いているのは不自然だ。
しかし話を聞いてみたら、自分は異世界から来たという……成る程……ちょっと痛い子らしい。見た目は11~2歳に見えたが、もしかしたら発育がいい子で実際はもっと年下なのかもしれない。子供らしい自分の想像した世界を必死に話す姿は微笑ましいとも言えた。
ここで少女の言う事を全て否定するのも簡単だけど、それも不躾なものだろう。夢を見られるのは子供の内だけなのだ。現実は辛いから、だったら少しでも楽しい夢を見て生きていて欲しいと思う。
今ここにいるのはきっと屋敷を抜け出して来たかなんかだろう。
貴族が住むような街は遠いが、子供は時に意外な行動力を発揮するものだ。
例えば街道まで馬車で移動していたが、そこからこっそり抜け出したとか。でももしそうだとしたら誰か探しているのかもしれない。
そうしたらあえて動かずに待った方がいいのかもしれないけど、そもそもこの推測が合っているかも分からないし、異世界から来たと言い続ける少女からは本当の事は聞けないだろう。
さっきの非道な行いを謝罪する意味でも、せめて自分だけはこの少女の夢を壊さず、安全な場所まで送り届けよう。
そこまで考えて思い出す……お金が無い事に。
お金が無ければ、自分だけでなく少女まで飢え死にしてしまう。
仕方なく恥を忍んで少女に聞くが、手ぶららしい。手ぶらでこんな所まで来れる訳ないと思ったのだが、異世界から来たばかりだからと言われた。
(何をしているんだ私は、少女の夢を壊さないようにと誓ったばかりなのに)
自分の浅はかな行動を恥じる。そして少女の無邪気さが羨ましくもあった。
少女に状況を話すと、とりあえずその近くにある村に行ってから考えましょうと言われる。迎えを待つという選択肢はやはり無いようだ。
そう、少女の中では異世界から来たばかりで知り合いなどいる訳が無いのだから当たり前だ。
今度こそ少女の言葉に反論せずに黙って一緒に村まで行く事にする。
もしかしたらそこに捜索の手が伸びているかもしれないという考えもあった。
自己紹介をするも本名を名乗る訳には行かないので、この三年間使用している偽名、レンファと名乗る。地位が無い平民には家名がない。しかし少女はカナデ=ユウナギと家名があったので、やはりそれなりの地位がある少女なのだろう。しかしユウナギなんて家名は聞いたことが無い。それなりに有名な貴族なら覚えているのだけれど、成り上がりなのかしら?
こうしてお互いの自己紹介も済み、早速出発しようと歩き出す。
その際に手を貸してあげようとしたが、やんわりと断られてしまった。
何故だろう? と不思議に思ったが、少女の微妙な表情や曖昧な断り方に少し距離を置かれる身体。極め付けに鼻を摘んだりされて、ようやく気づく。
(うわぁぁぁぁ!! そ、そんなに臭うの!?)
…………今度は私が泣きたくなってきた。
という訳で、カナデは痛い子扱いとなりました。