3話 最低な出会い
(そうよ、世の中なんて自分の事だけを考えて私腹を肥やすような人間が成功するのよ! 私だってそっち側に回るべきなのよ!)
王国を離れた三年間の生活は、とても元王女とは思えない程に彼女の心を荒まさせていた。
(今こそ覚悟を決める時なのよ! 例えどんな事をしててでも、私は悲願を果たすまでは死ねないのよ!)
とはいえ、さすがに人殺しまでする気は彼女には無かった。
食料を売っている店を見つけ、剣で脅して奪い取る。
その考えは盗賊というかどちらかというと強盗に近い。
身体が緊張するのが分かる。
まだ村までは距離があるとはいえ、これからする事を考えると段々弱気になってくる。
基本的に気が弱い小心者なのだ。
――貴方は優しすぎる……
そんな時、脳裏に浮かんだのは剣術を教えてくれた人。近衛騎士であり、姉のように慕っていた優しいミリアリアの言葉だった。
城内が襲われた時、まだ20代後半で近衛騎士として一番若かったミリアリアは王の命により、シルファと共に城を脱出した。
しかしミリアリアは城を抜け出した後、また城内に戻ってしまった。
その整った顔立ちを苦痛に歪めながら、
――騎士として……最後まで国と共に有ると……
泣きながら引き止めたが気絶させられ、目覚めた時には全て終わった後だった。
――貴方は優しすぎる、戦う事には向いていない
……それをよくミリアリアから言われていた。剣術の才能はある、魔術も使える、けれど貴方は戦うべきではない。王族だからではなく、ただ、貴方は優しすぎる。時には非情にならなければ戦い続ける事はできないと。当時は分からなかったが、この三年間の生活で身に染みる程実感した……けれど、それでもやらなければならない……例え道半ばで倒れたとしても……父と母、そして滅ぼされたルト王国の無念に報いる為にも、私は最後まで逃げ出すわけにはいかない。
敵国アルツァイスト王に一矢報いるまで私はこの剣を振り続ける。
同盟国だったアルツァイスト王国が急に攻め始めたのは、新しい王に変わってすぐの事だった。
まだ若い王は長年続いた同盟を一方的に破棄し、こちらの体勢が整う前に奇襲をしかけてきた。
……それは一方的な虐殺だった。
(……絶対に許しはしない)
城が燃え盛り、逃げ惑う人々の悲鳴は今でも脳裏に焼きついてて離れない……
アルツァイスト王のした非道な行為を忘れて、静かに生きるなど出来るわけがない!
ミリアリアが言うように戦い続ける事に優しさが邪魔だというのなら捨ててやる。
いつかアルツァイスト王の喉下へ剣を突き刺し、今は亡きルト王国の無念を晴らすその日まで。
弱気になっていた心に闇が進入してくる。
そこには先程までの小心者の顔は無く、ただただ復讐を願う悪鬼がそこにいた。
そんな決意を新たにしていた時、ソレは現れた。
目の前に見た事の無いような可愛らしい人形……いや少女が現れたのだ。
この鬱蒼とした森の中では馬車も通れないため、徒歩で移動するしかないのだが、そんな物好きは少なく、結果として人に会う事は殆ど無い。
現に彼女も森に入って五日経つが、人に会うのは初めてだった。
しかもそれがどう見ても粗野な冒険者や近くの村人には思えない可愛らしい少女だった。
恐らく11~2歳だろうと思われるあどけなさの残る幼い容姿をした少女。そのとても小さな顔は驚きに染まっていた。しかしそれはこちらも同じだろう。
自分よりも頭一つ分小さい小柄な少女は黒い髪に黒い瞳をしていたのだ。それはこの大陸では希少な色だった。
(この子は一体?)
腰まである黒い髪には艶やかさがあり、またその肌は真っ白で、汚れを感じさせないその雰囲気からはどこぞの上級貴族のお嬢様のように見える。とてもこんな森の中を歩く様な人間ではない。
更にその少女は見たことの無い服装をしていた。
一見して精巧な作りだと分かるその服は、高価なものだろう。その髪や瞳と同じく真っ黒なドレス。
長袖の黒い服には沢山のフリルが使ってあり、真っ黒な長いドレススカートはふわりと膨らみ、足には黒い靴が履かされている。頭には黒い蝶の様な小さなリボンがしてあり、また可愛らしさを際立たせていた。
この服装は少女の世界では所謂、ゴスロリと呼ばれる物だったが、それを彼女が知る事は無い。
「あの~?」
その少女の小さなく唇から紡がれた言葉を聞いた瞬間、固まっていた身体が動き出す。
腰から素早く剣を引き抜くと、少女の首下に剣先を突きつけた。
「え? あ、あの?」
恐らく少女は現状を理解していないだろう。
その困惑した表情からは怯えが見えない。
だから彼女は分かりやすく言葉にした。
「金を出しなさい」
それが異世界からの来訪者、夕凪 奏と元ルト王国王女シルファ=ルト=エトワールの最低な出会いだった。
なんだかシルファの話がやたらシリアスになりそうですが、奏がその辺を上手くコメディにしていきますよ。