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2話 元王女

「はぁ……やるしかないよねぇ……」


酷く気が進まないけど、いい加減腹を括らなければいけない状況に陥ってしまった。


「……もう限界だしね」


以前ならこんな事思いつきもしなかっただろう。自分の心が荒んでいっている事に内心涙を流しつつ、覚悟を決める。

私にはやるべき事がある。

こんな所で倒れてなんていられない。

これは私のエゴだという事は理解している。

ひどく傲慢な考え。

ただ私は私がやりたいように他者を不幸に陥れようとしている。

それは人として最低な行為。

許されるはずの無い行為


――きっと私は死んだら地獄へ行くんだろうね。


そんな考えに思わず自嘲してしまう。

それでも私は引くことは出来ない。

元王女として、王国の再建を夢見て……


まだ日が出て間もない時間、鬱蒼と生い茂る森の中に獣道を独り歩く少女、彼女は簡素な薄汚れたベージュのパンツにやぼったい厚い布で作られた着心地のよくない黒いシャツ、その上からはぼろぼろのフード付き茶色いマントで全身を覆い、腰には使い込まれた茶色い布袋、反対側には一本の細いショートソードを差していた。

その姿はいかにも落ちぶれた冒険者風の出で立ちであり、見る者の同情を煽るほどであった。

ましてやその中身が小柄な16歳の少女であったなら尚更だ。


彼女は歩きながらも、その表情を歪めてこれからすべき事を思案していた。


(決めたはいいけど、とりあえずはこの森を抜けないとね)


こんな人っ子一人いない場所では目的を果たせはしない、と歩く速度を少し速める。

その前を向いた大きな青い瞳は強い眼差しをしていた。

彼女は首元で揃えられた銀色の髪に手を入れ、暫く洗う事もできずに痒くなってきた頭をかきながら前を進む。


(川とか無いかな……うぅ、身体も最近洗えてないし……臭う……かなぁ)


王国にいた頃は当然こんな事で悩む事はなく、彼女は王女シルファ=ルト=エトワールとして大切に扱われていた。周りには常に何人もの侍女が身の回りの世話をしてくれ、毎日毎日豪勢な食事にありつけていたのだ。当然湯浴みだって毎日していた……それが3年前の戦争で王国は滅び、彼女のいたルト王国は隣国であったアルツァイスト王国に支配され、生活は一変した。

戦争の際、彼女は周囲の協力により何とか逃げ出したものの、他の王族は全て処刑されてしまっていた。そして彼女も見つかり次第処刑されてしまうような絶望的な状況に陥ってしまう。

行く当ても無く、その身を隠しながら彷徨っていた彼女は、身に付けていた物を売りさばく事で暫くは過ごしていた。しかしそんな生活が長く続くことも無く、その生活はすぐに破綻してしまったのだ。

それから彼女は冒険者として、各国にあるギルドからの依頼を受ける事でなんとか食いつないでいた。


ギルドは各国の大きな街に必ずといっていいほど存在している。

冒険者は本来未開の地の探索をする事を目的としていた者であり、その彼らを支援する為と生まれたのがギルドであった。

彼らはその目的の為、様々な国を渡る者が多い。しかしそうなってくると問題になるのが敵対国同士の人間が出会う事である。その為に昔はいざこざが多くあったが、それを問題視したギルド側が、例え敵対国の人間同士であろうと冒険者同士では争ってはならない、と不戦協約が結ばれ、それを破った場合全てのギルドから依頼を受ける事ができなくなってしまう。結果、まぁ多少の小競り合いはあるが表立って問題になるような事は少なくなった。


彼女は王女として過ごしていた際に覚えた剣術と魔術の腕でなんとか冒険者としてこの三年間過ごしてきたのだ。

当初は遊びのつもりだった剣術、しかしどうやら彼女には才能があったらしく、その腕はすぐに上達し、今では並みの剣士では太刀打ちできないほどになっていた。

そんな彼女は王国ではお転婆姫として有名だった。そしてまた彼女自身もそれを自覚していたのか、ドレスで着飾ることなんかより、戦う事に興味を持ち始め、遂には魔術にまで手を出したのだ。

魔術の方は剣術ほどの才能はなかったが、その類まれなる剣の腕に魔術を混ぜながら戦う彼女は、他の冒険者よりも格段に強かった。


……とはいえ彼女は箱入り娘。今では多少逞しくなったとはいえ、王女から冒険者として生活していく苦労は並ではない。それになにより世間というものに疎かった。


つい最近もあこぎな冒険者に騙され、報奨金を殆ど持っていかれたばかりだったのだ。

それは一週間ほど前、半年ほど滞在していた街、フェアリースでの出来事だった。

とある四人の冒険者に一緒に協力して依頼をしないかと持ちかけられたのが始まり。


その依頼は近隣の森に最近住み着いた獰猛な魔物『フェンリル』を二十体退治する依頼で、そこそこ高ランクな依頼だったのだが、彼女からすれば一人でもなんとかなるものだった。

しかしずっと一人で寂しかった彼女はそれを二つ返事で了承してしまったのだ。


そして依頼自体は無事達成された。しかし、フェンリルは殆ど彼女が倒したにも関わらず、彼らとは報奨金を人数で均等に分けた。彼らは四人、彼女は一人。更には依頼を持ってきた仲介手数料やらフェンリルのいた住処の情報料、移動で馬車を使用したお金、など色々と請求されてしまい、報奨金は9割が彼らの懐に入っていき、渡されたのは数日程度の生活費にしかならない微々たる物だった。


しかし彼女はその場はそんなもんかと納得して、誘ってくれてありがとう、とお礼まで言ってその場を後にした。


後日、周囲から騙された事を知る、住処や馬車などは全て依頼主からの必要経費で出ていたし、それに彼らは四人いたが四人で一つのチームなのだから報奨金は折半するものだと教えられた。その事を知った彼女は彼らに抗議をしにいくが、彼らは小馬鹿にしたような態度で、納得して受け取っただろ? お礼まで言ったじゃねぇか、と彼女を笑いものにしたのだ。

彼女は言い返せず、悔しくなって涙を瞳に浮かべて、彼らとはもう会わないよう何も考えずにすぐさま街を後にしたのだ。


そしてこんな風に騙される事は日常茶飯事だった。

買い物をすればぼったくられるのは当たり前。

おいしい依頼だと思ったら、報奨金を貰う時になっていちゃもんを付けられては値切られる。

病気を治すお金が無くて死にそうなんです、と言われて思わずなけなしの全財産を渡した事もあった……その後その人の姿を見ることは無かった。


腕の立つ世間知らずの冒険者、それもまだ若い少女。それは世間の荒波に揉まれた生活をしている人間達にとってはいいカモだった。


更に彼女は親しい人間を作らず、また一箇所に留まらないようにしていた。

というのもどこから正体がばれるか分からないという不安があったからである。


しかしその思いに反して独りは寂しいとも感じていた。それがまた騙される要因の一つなのだが……


そんな訳で、彼女は冒険者としてギルドの依頼達成率は高いのだが、その懐は一向に暖かくならなかった。


(あぅ……お腹すいたよ……)


少ない報奨金は昨日までの食費に消えてしまい、今はもう手元には無い。

目的地のギルドがある街までは遠く、徒歩では一週間以上はかかる。

その間食べる物も無くては当然だが餓死してしまう。

数時間歩いた所に小さな村があるのだがお金が無ければ食料を買う事はできない。


そこで彼女が思いついた案は


(……襲おう)


……盗賊稼業だった。



という訳で、元王女は盗賊にジョブチェンジしました。

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