14話 ナイちゃんの力
「どうしてっ……こんなっ!」
カナデは必死に森の中を走っていた。鬱蒼と生い茂る森の中は走るには不向きで、何度も転びそうになるのを堪えながら走り続けていた。幸いまだ日中という事もあったため、視界は明るく、まだ転ぶという最悪な事態はまぬれていたが、それも時間の問題なのかもしれない。何よりも、カナデの焦りが動きを鈍らせていた。ただ走っているだけなら、まだ平気だったのかもしれない。
しかし、カナデは焦っていた。いや、不安だったというべきか。異世界に来て感じた恐怖という感情。これまで元の世界で平和に生きてきたカナデにとって、それは強いストレスであり、思考、動きを妨げるのに充分なものであった。そしてその恐怖の元はすぐ背後にまで来ていた。
そんな状況で速く走れるわけもなく、それがまたカナデの不安を大きくさせていった。
「助けてっ! 誰か助けてよっ!!」
しかし、その悲痛に満ちた叫び声は誰に聞かれる事もなく、虚空に消えていった。
◆
「いやいや、私は貴族とかじゃありませんからっ!」
はぁ、まさか私が貴族だと思われていたなんて……さっきから何度も説明しているのに、シズネさんに上手く伝わっている様子は無い。なんというか、生暖かい目で、「大丈夫、分かってるわよ」といった視線をしていた。
まるで子供を相手にしているみたい、とそこまで考えて思い出す。彼女達は、私を子供だと思ってる。本当は私の方が年上なんだよね……もういっその事、私の年齢言ってしまおうか、でも信じてもらえなかったら……きっとへこむ。マジでへこむ。むしろ泣いちゃうよ。それになんかこう負けた気になる……主に体型的な部分で。と、なんだか自分で考えていて泣きそうになっていたら、アイリちゃんが扉の方へ歩いていった。
「はーい!」
可愛らしい返事をして元気よくとことこと歩いていく姿は微笑ましく、またそんな少女と同じくらいに見られている自分はどれだけ童顔なんだろう、と虚しくなってくる。
そんな相反する感情に揺さぶられていたら、部屋の中に数人の男性が入ってきた。その中心にはなんかこうすっごい威厳あります! って感じの険しい顔をしたお爺さん。その脇を固めるのはごつい青年が二人。どう見てもこの村の権力者プラス付き人って感じの集団です。その視線の先は……私?
「この娘か?」
お爺さんは視線を私に向けたまま、シズネさんに問いかけた。その少し険のある口調に嫌な予感を覚える。
(ナイちゃん、ナイちゃん)
(なに? なに?)
(このお爺さんの心読める?)
そう、レンファさんの言った事が本当なら、精霊は人の心が読めるらしい。その事を思い出すと同時にレンファさんの事まで思い出した私の胸はちくりと痛んだ、けれどあえて無視をする。今はレンファさんの事を考えている場合じゃない。この世界は私のいた世界とは違う。最初の頃の浮かれた気分を引き締めて、ゆっくりと深呼吸する。
この世界には私を守ってくれる存在はいない、私は自分で自分の身を守らないといけない。ここには親も友人も警察もいない。自分の身は自分で守らないと。
私は運動神経は悪くはない。むしろいい方だという自信はある。けれど、それはあくまでも元の世界での事。この世界ではどうか分からない。私は力が無いし、体力もそれほどない。あのレンファさんの戦いを見た後だと、なおさらそう思う。私は力の無いただの一般人なんだ。そんな私がこの世界で上手くやっていくには、ナイちゃんの力を借りるしかない。
(……やな気持ち)
(や、やな気持ち?)
え~と、ひっじょーに抽象的だね! ……うん、普段のナイちゃんの言葉使いで気づくべきだよね。ナイちゃんが急に人の心を細かく流暢に言えたらびっくりだよ! ちょっと、ちょっとだけ……ナイちゃんの力が……残念だよ……
(ま、まぁ、ないものねだりしても仕方ないよね)
(カナデ? カナデ? どうした? 落ち込んでる?)
(あ、ううん。大丈夫だよー)
ナイちゃんと会話をしていたら、いつの間にかお爺さんはシズネさんの方を向き、話しかけていた。
「シズネ、話がある。外に出なさい」
「ここでしたらいいのではないのですか?」
「……外に出なさい」
「……はい」
シズネさんもお爺さんの様子をおかしく思ったのか、表情は困惑に満ちていたけれど、渋々と従って行った。横にいた、二人の男性もついて外へ行ってしまった。残されたのは、私とアイリちゃんの二人。
(あれっ!? 挨拶も無いの!)
ふつう初対面なら名乗るよね。思いっきり視線をぶつけてきたのに、無視したように名乗りもしない態度はどうなんだろう。まぁ、この世界にはこの世界の常識があると思い、シズネさんが帰ってくるのを静かに待っていた。
――この時、もっとナイちゃんと話をしていたらあんな事にはならなかったかもしれないのに……