10話 壊れた世界
目の前に見えてきた村はリンネ村と言うそうです。
100名ぐらいが住む小さな村。
周囲の森が人を遠ざけるので外部との関わりが少ない村らしいのですが、特におかしな宗教であったり謎の風習があったりとかはせず、いたって普通の平和な村だそうです。
ちなみにこの世界にも宗教はあるらしいです。なんでも世界を創り、精霊を創り、そして人や動物を創った神様。創造神アリファルス様というのを信仰していて、各地に神創と呼ばれる教会みたいな建物があるらしいですが、よく分からないのでスルーしました。
だって関わる事はなさそうですし。
それよりも個人的には家の造りが木造だった事がショックです。個人的にファンタジー世界というと中世ヨーロッパみたいな感じの石造りの家を想像してたのですけど、どうやら石造りなんてのは城とか、後は大きな街だけでしか見られないそうです。ちょっと残念ですね。こういった小さな村はみんな今も木材の家で藁葺屋根。
なんだかどこかの秘境の部族って感じですね。
(雨とか大変そうだなぁ……)
「さて、とりあえず休める所を探そうか」
「そうですね、とはいってもお金無いんですよね? どうしましょうか?」
「……一応考えはあるけど」
「……なんでちょっと不安そうな顔で言うんですか?」
「多分大丈夫だろうとは思う。ただ念の為に貴方の力を借りたい」
「私の力ですか? 別に特殊な事なんてできませんよ……あぁ、裁縫ならできますけど? それとも胸を触らせたら右に出る者はいないと言われた神指の力ですか?」
「…………違う、特に後半は何? 紳士って男性を指す言葉なんじゃないの?……」
「ふふふ、紳士ではなく神指です。そして内容は秘密です。いずれ分かりますよ」
(あぁ、「お前は変態神指だな!」と呼ばれていた頃が懐かしいですね……)
ちなみにその言葉を発した友人である女の子は、冗談みたいな言葉とは裏腹に、衣類は乱れ、頬を真っ赤に染めていました。
涙目で荒い息をして地面にへたり込んでいる彼女、思わず最後まで……? なんて考えたりもしてしまった中学三年の夏の思い出です(あ、ちなみに私はノーマルですよ?)
そんな郷愁を感じていたら、村の広場から騒がしい声が聞こえてきました。
大勢の人が集まっているようですが、なんだか険悪な空気です。
遠巻きに様子を見てみると、
「さっさと金と食い物出せっつってんだよ! こいつがどうなってもいいのかっ!」
髭ボウボウの髪ぐしゃぐしゃ。今までお風呂とか入った事ないんじゃないかなと思われるぐらい汚ならしい格好。その粗野な態度からして見るからに乱暴者といったおっさんが三人いました。その内の一人の手には斧……それとまだ十歳ぐらいと思われる小さな女の子を持っていました。
(どうみても強盗です、はい)
男は人質にしている女の子の首に左手をまわして抱き上げています。その手には相当力が入っているのでしょう、女の子の顔は苦痛に満ちていて痛々しいです。というか首だけで全体重を支えているので窒息死してしまうのではないかと思ってしまいます。
(はぁ……こんなファンタジーいらないのに……)
現実の残酷さとでもいいましょうか。折角異世界に飛ばされたのですから、もっとこう王子様とかに出会って禁断の恋とかなんかこうそういうのに若干の期待を持っていたのですけど……実際はそんな甘くないですね。
この状況を見て、物語にあるような異世界の勇者なんかは助けに行くんでしょう。しかし私は一般人です。事なかれ主義の日本人です。あの女の子は可哀想ですけど私にまでとばっちりがきたら大変です。同情しつつもここは遠くから様子見させて頂きましょう。
だってなんだか目の前に起きている事なのにどこか現実とは感じられないんですよ。あまりにも今まで生きてきた世界と違いすぎる状況に脳が追いついていないのでしょう。テレビで見る外国で起きた事件みたいな、現実感の無い遠い国での出来事に見えてきます。
「ちょっとここで待っててね」
とかそんな事を考えていましたが、隣の残美さんは違ったようです。勇者です。ここに勇者がいましたよ。ただそれが残美さんだという事が不安で仕方ありません。
「何をする気ですか? まさか助けに行くとかいいませんよね?」
「えっと、その、まさかなんだけど」
「だ、駄目ですよ! 危ないです!! もし怪我とかしたらどうするんですか!」
たたたたいへんですよ! もし顔に傷なんかついたりして、それが一生物だったりしたら大惨事ですよ! 折角の美人さんが台無しですよ。唯一の長所(推定)が無くなっちゃいますよ!
「それにもし逆に捕まっちゃたりしたらどうするんですか! 怪我とかじゃすまないんですよ」
だって野蛮そうな男達が残美さんに群がる様子が容易に想像できちゃうんですよ。どこからどう見ても弱そうな残美さん。さくっと負けてそこから18禁突入です♪ みたいなっ!?
さっきまでと違ってなんでこんな事だけ想像が簡単にできるのかは我ながら不思議で仕方がありませんが……
「大丈夫、ほらさっきも言ったけど、私こう見えて強いから」
ダウト! 絶対嘘です。それにあんな荒くれ者、しかも三人相手に勝てるわけがありません。
「駄目です!……どうしても行くというのでしたら……私を倒してから行きなさい!」
そう言い、私は両手を広げて残美さんの行くてを遮ります。
なんだかテンションがおかしくなってきました。ちょっと楽しいです……はい、不謹慎ですね。
「えぇっと?」
残美さんが戸惑っています。それはそうでしょう。正直言った私も意味が分かりません。けどもう止まれないんですよ。私の熱いパッションが!
「さっさと出せっつってんだよ! あぁん? なんなら腕の一本でも切り落としてやろうか!」
そんな馬鹿な事やってたら、不穏な言葉が聞こえてきましたよ……あ、あれ、ちょっとまずい空気ですよこれ。
思わず残美さんから目を離して強盗の方に目をやると、私の脇をすり抜けて残美さんが飛び出して行きました。
その予想を遥かに上回る身体能力に唖然とします。
なんていうかこう、シュって感じですよ。シュって感じ。
「ぐあぁぁぁ!」
そんな風に私が呆けていたら、いつの間にやら残美さんは女の子を救出していました。
地面には女の子を捕まえていた野蛮な男の左腕……左腕は肩の根元から切られ、血が噴水のように湧き出ていて地面を真っ赤に染めています。
戦っている残美さんは、さっきまでとはうって変わった真剣な顔をしていました。
傍にいた男が力まかせに振り下ろされる斧をまるで柳のように軽やかに横へかわし、無防備になった胸元へ斬りつける。
その一連の動きはとても洗練されていて、今更ながら自分で強いと言っていた事が本当だったんだと思いました。
けれどそれ以上に私は……目の前の現実に眩暈がしました。
空には鮮血が舞っています。
血なまぐさい鉄の臭いがします。
痛みで絶叫する男達の声が聞こえます。
声、臭い、血の色。それらが私に訴えかけてきます。
――ここは平和な日本じゃない
――ここは平和な世界じゃない
――ここは簡単に人が殺しあう異世界なんだ
頭ではなんとなく理解しているつもりでした。
残美さんの帯剣姿や、冒険者という職業。
精霊さんがいて、魔法があるなんて物語でよく聞くファンタジーの世界。
けれど私は本当の意味では理解しきれていなかったのでしょう。
人が斬られるという事。
剣という人を斬る為に生まれた凶器。
そんな凶器が存在する意味。
誰もが凶器を持てる世界。
勿論地球にも凶器は沢山ある。
けれどそれは平和な日本に住む私にとって身近なものではありませんでした。
――ここは死が身近にある世界
私はここに来てようやく理解したんだと思います。
自分が今どこにいるのか。
自分がどれほど危険な場所に来たのか。
今更ながら分かったのです。
戦いを終えた残美さんは私を見ていました。
もう大丈夫だと、安心させるような優しい笑顔で。
しかしその姿は返り血を浴びて真っ赤でした。
けれどその姿に違和感はありませんでした。
それは彼女にとってこれが日常なんだと言っているようで、
私は…………
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
私はその意味を理解した時……喉から叫び声が出るのを止められませんでした。
今までのどこか御伽噺のようだった世界は一瞬で壊れ、ここが現実、これが今の私の現実だという事を思い知らされて……
その恐怖に耐え切れずに私の意識は切れていったのです。
あ、あれ? 気がつくと何故かシリアス路線に走りたくなる作者です。