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蝉は唐揚げ

掲載日:2026/03/31

ある夜の話だ。俺は夜更かししていた。

部屋の電気をつけずにベッドでネット小説を見ていた


(そろそろ2時だし、寝ようかな)


すると変な音が聞こえてきたんだ。

ジィィィという音だ。

どんどんと音は強くなっていく、

恐怖を感じながらも音源と思わしき方向を見る

窓が開いている。別に珍しいことじゃない、猫が勝手に開けて出ていってしまうのだ

そんなことを考えている間にも音は強くなっている

すると窓の隙間に影が見えた

頭頂部には三角の耳、キラキラと光る眼


猫だ


その瞬間気付いた

猫は仕留めた生き物を飼い主の元へ連れてくる

季節は夏、ジィィィという鳴き声、ヤツだ


俺の猫は蝉を捕まえてきたらしい

寝っ転がって小説を読んでいた俺に逃げる時間は無い


(猫が置いた瞬間に潰すか?ビニールはどこだ)


慌てている俺を尻目に猫は廊下へとそのまま走り去った


俺は安心した。だってそうだろう?誰だって生きた蝉を連れてこられたら困る


自分の元に蝉が来ることはなかった

その安心感を胸に寝ようとした俺は気付いてしまった。音は消えてない。


確かに猫は蝉を捕まえたまま廊下へと駆け出していった。

しかし、そのまま家の中に蝉がいることは変わりなかった

もう音は動いていない。きっと猫は捕まえた蝉を離したのだ


(今起きていて蝉がいることに気づいている俺がやるしか無い)


そうは言っても問題があった

動いている蝉を殺すのは無理だ、虫は怖い、カブトムシだって怖い、なのに動き回る蝉を潰せるものか


だから待つことにした。衰弱しているであろう蝉が、その息の根を止めて音を出さなくなるまで待つことにした。


(その前に位置だけ確認しよう、位置がわからなくては死骸の回収もできない)


そう考えた俺は自室を出て音の鳴る方向へと恐る恐る歩いた

変に刺激してこちらに動き回られても困る

そう考え、ゆっくりゆっくりと歩く

心の中は恐怖でいっぱいだった。蝉なんぞ好きなわけでも無い。


蝉を見つけた時、少しばかり嬉しかった。もう恐怖の中歩かないで済む。そういうくらい喜びだった。しかし、そんな喜びもすぐに消えた。動いているのだ。飛び回っているわけでもない。大きく動いているわけでも無い。ただ羽を動かし、地面の上で暴れているだけなのだ。


逃げた。


元から位置を確認するだけの予定だったのも都合が良かった。

そのまま恐怖に飲まれ自室へ逃げ込んでも問題なかったのだ。


布団の中に入りスマホを開いて小説を読んだ。逃げたかった

最早、あれのことなど考えたくもなかった。しかし、心には少しばかりの怒りがあったあんな生き物が家の中にいてはわたしは熟睡できない。それにこのままではわたしの心はあいつに支配されてしまう。


嗚呼、虫は嫌いだ。

だから殺さなければ。


わたしは待った。読んでいる小説にも全く熱中できなかった。

音がする。待つ。音がする。待つ。音がする。音がする。待つ。音がする。待つ。音がする。音がする。待つ。音がする。待つ。音がする。音がする。待つ。音がする。待つ。音がする。音がする。待つ。音がする。待つ。音がする。

音が消えた。それでも待つ。音はしない。待つ。待つ。待つ。待つ。待つ。待つ。

そろそろ良いだろう。自室を出て歩く。ヤツのいる、その場所まで。



問題が一つ、蝉を殺すにはどうすれば良いのだろうか、今まで考えたこともなかったそれを考える。箸で突き刺せば殺せはするだろう

しかし、蝉を殺した食器など使いたくも無い、

やはり殺虫剤が良いだろう。蝉用では無いだろうが効きはするだろう。

その場合にも問題が一つ

蝉の位置だ、蝉が陣取っているのは台所の出入り口あたり、そこにこそ殺虫剤があるのだ。

割り箸はその奥にある。なんにせよ、台所まで行かなければならない。わたしは決意を新たに台所へと向かった。



そう意気込んだのは良いものの、台所に近づく度、心が重くなる。

着いた頃にはもう諦めて寝たくなっていた。

それでもと蝉を睨みつけてみるが、反応はない。


きっと死んでいると信じたいが


恐る恐る近づいていく、殺虫剤さえ取れば勝ち、そう自分に言い聞かせながら進む。すると、猫が現れた。蝉を観察している。


わたしにはとある恐怖があった。近づいた途端蝉が暴れるのではないか、という恐怖だ。わたしは猫を利用することにした。猫が蝉をパンチし始めたとき、わたしは成功した。

蝉は動かなかった、わたしはほくそ笑んだ


蝉はもう死んでいる。


そうは思いながらも恐る恐る殺虫剤を手に取った。

蝉がけたたましい鳴き声を鳴らして暴れ始めた。わたしの精神は一瞬で限界を迎えた。心の中で猫を罵倒しながら廊下を走り、階段を駆け上り、自室へと戻った。


幸い殺虫剤は持ってくることができた。ここからは話が違う。わたしは対抗手段を持っているのだから。


わたしは深呼吸した。適当にやっただけだったが、確かな効き目を感じた。深呼吸は素晴らしい。今思い返せばわたしがよく深呼吸をするのはこれが理由なのだろう。


さあここからが最終決戦だ。武器さえ持ってしまえば蝉なぞ恐るるに足らず。

ただ蹂躙するだけである。


わたしは悠然と歩を進め、ついにはヤツのところに着いた。ついに3度目の戦いだ、これでけりをつけてやる。


そう意気込み、わたしはまず猫を追い払った。

いくら今回の元凶とはいえ、殺虫剤を吸わせるわけには行かないひとまず擦り寄ってきた猫を捕まえ、後ろに向かってぶん投げる


「ほら、あっち行ってろクソ猫」


さあ、ここからが正念場だ、まず殺虫剤を噴射する。そして薬剤が相手にたどり着くその少し前にバックステップする。そうすることによって相手の暴れを見極めることができる。


...?


動かない

何度も何度も噴射してバックステップしたが動かない。長めに噴射してみたが動かない、適当なゴミを投げつけても動かない

もう死んでいたのだろう。虫ケラには相応しい末路だ。

良い気分だ、俺をこんな恐怖に陥れた罰だ。虫ケラめ


後は奥にある割り箸で摘んで捨てるだけ。わたしは蝉の横を通って割り箸を取りに行く。割り箸を割り、蝉を摘もうとしたその瞬間、 


またもやけたたましい鳴き声がした、わたしは脇目も振らず逃げだした

死んでなかった。死んでなかった。死んでなかった。死んでなかった。死んでなかった。死んでなかった。どうして?


諦めた。心がポッキリ折れてしまったのだ、どんなに強い口調で無理しようとも休みで緩んでいた心にはもう耐えきれなかった。もう寝ることにした。あのクソ猫め。






わたしは次の日の夜、台所へと向かった。何故夜なのかといえば、気にしないようにしていたからだ。それでもおかしいと感じるところはあった。誰も蝉について反応しないのだ。どこかの隅に隠れたのだろうか。


1日だったのだから死んでいる。わたしはそう考えた。台所には羽が落ちていた。蝉の羽だ。周囲を見れば残骸が落ちている。


おそらく家族の誰かが蝉の死骸を踏み潰したのだろう。それも踏み潰したことに気づいていないのだ。間抜けだ、それならそれで都合が良い、わたしは殺虫剤を元あった位置に戻して、残骸を捨てた。


こんなことは起きていない。だってそうだろう?この家で気づいたのは俺だけで、その証拠もなくなった。俺が言わなければそんなことはなかったも同然。だから俺はただの平穏な日常を過ごしていただけ、こんなことは存在しなかった。俺はこんな思いはしなかった。いいね?

 



嫌なことのない素晴らしい夏休みだった。

とりあえず猫は殴る

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