Violet Fizz
あの夜、カウンターの奥の二席に、二人連れの女性客が腰を下ろした。
年齢は僕より少し上だろうか。
落ち着いた雰囲気の中に、どこか華やかな残り香をまとっている。
落ち着いた声の女性が言った。
「バイオレットフィズ、あの頃の味ね」
夕子さんは静かに頷き、バイオレットリキュールの瓶を手に取った。
氷を割る音、銀色の小さなジガーに注がれるレモンジュースの音が、控えめな店の空気に溶けていく。
甘い花の香りと、柑橘の酸味、ソーダの軽やかな泡が淡い紫を描きながら混ざっていくのを、僕は横目で見ていた。
やがて、二人の前に置かれたグラスがほのかな泡を立てたとき、
「ディスコのフロアでね、照明がぐるぐる回って、ミラーボールの光がドレスに散って…
この一杯が運ばれてくると、不思議と自分が映画の主人公になったみたいで。
音楽も笑い声も、全部が眩しくて、あの頃は何もかもが輝いていたのよ」
二人は視線を交わし、思い出を味わうように笑みをこぼした。
夕子さんも微かに口元を緩め、
「ここでも特別な時間を、どうぞ」
と静かに返した。
その一瞬、店の空気が少しだけやわらかくなった気がした。
紫の泡の向こうに、それぞれの夜と音楽が、まだ静かに息づいているように思えた。
そして、それを見守るBAR RAINの灯りもまた、ゆるやかにそこに息づいていた。