XYZ
今夜は遅い客が多かった。閉店間際、カウンターの灯りがほのかに揺れる中、常連の一人がぽつりと言った。
「XYZってカクテル、シティハンターの合図だね」
僕はグラスを置き、視線をカウンター越しの夕子さんへ。
彼女は静かに頷きながら、氷をひとつ氷皿に戻す仕草をした。
「由来はアルファベットの最後の文字、究極の、そして最後の一杯…でもRAINでは、新しい依頼かしらね」
その言葉の余韻に浸る間もなく、僕は思わずからかうように訊いた。
「もう後がないときは?」
夕子さんはふっと笑い、低く澄んだ声で答えた。
「終わりなき余韻をどうぞ…」
その微かなほほえみが、夜雨のように僕の胸へ降り注いだ。
さらに別の常連が顔を出し、軽くグラスの縁を指先で叩きながら呟く。
「XYZって、サイドカーと似てるの?」
夕子さんはコアントローの瓶を軽く手に取り、澄んだ目で説明を始める。
「いとこみたいなものですね。ベースをラムに、ライムジュース、最後にコアントロー。名前の由来はアルファベットの最後、“これ以上ない”って意味らしいです」
そのあとは、甘くも鋭いラムの香りが店内を満たした――
サイドカーより、少しだけ大胆な一杯。
BAR RAINの夜は、こんなふうにふとした会話から
知られざる物語を紡ぎ出す。
僕は氷音とラムの余韻を胸に刻み込みながら、
今日もまた、静かな依頼の続きを待ちながら店を後にした。