”A Portrait of BAR RAIN”
私の店、BAR RAINは都心の雑踏から少し外れたビルの一室にある。
狭い階段を三階まで上ると、黒一色の扉が現れる。
「まるで洞窟の様だ」そう言われることもある。
そこが私の世界の入り口――
――立地は人に教えたくないほど秘密めいているけれど、
五時の鐘とともに扉を開ければ、ひそやかな灯りと静寂が待っている。
営業時間は夕方五時から深夜一時まで。
会社帰りの常連もいれば、終電を逃した誰かがふらりと訪れる。
七脚のスツールはあっという間に埋まるから、
そっと「閉店」の看板を出すのはだいたい午前零時過ぎだ。
八年前、このカウンターを叔父から譲り受けたとき、
私はまだ二十四歳の、新米のバーテンダーだった。
それ以来、誰にも触れさせぬ静かな隠れ家として、
七つの席に多くの物語を受け止めてきた。
黒いカウンターの上でグラスを冷やし、
ビフィータのジンを注ぎ、トニックを泡立てるたびに、
店の歴史と訪れる人々の記憶がひそやかに混ざり合う。
料理はない。ナッツとチーズ、ビーフジャーキー。
それでも、この狭い空間が醸す余白に、
人は安心して心を解き放つのだと知っている。
BAR RAIN――
外の雨音が止み、静かな余韻だけが残るこの場所で、
私は今宵も、
一杯のカクテルと共に、
誰かの物語をそっと開く。