Bloody Caesar
その夜、カウンターの常連がオーダーしたのは「ブラッディ・シーザー」だった。
グラスが置かれるのを待ちながら、彼は首をかしげて夕子さんに尋ねた。
「ブラッディマリーとブラッディシーザー、どう違うの?」
夕子さんは微笑みながら、クラマトジュースの瓶を取り出す。
「シーザーはね、クラマト――トマトにアサリの旨みを加えたジュースを使います。
そこにスパイスを少し効かせて、ウォッカと合わせるんです」
赤い液体が氷に沈み、縁にはセロリスティックが添えられる。
差し出された一杯を手に、常連は半信半疑のように口をつけた。
「これは美味しい……まるで上質のスープみたいだ」
驚きの声に、カウンターの空気がふっと和らぐ。
夕子さんは静かに頷き、由来を語った。
「1969年、カナダのカルガリーで生まれたカクテルです。
スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレに着想を得たと言われていて、今ではカナダを代表する一杯になりました」
常連は再びグラスを傾け、ゆっくりと笑みをこぼした。
スパイスの刺激と海の香り、トマトの酸味が重なり合い、
ただのカクテル以上に“料理”の余韻をまとった味わいだった。
あの夜のBAR RAINは、雨音を背に、少しだけ異国の気配を漂わせていた。




