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Cocktail “Rain Drop”

挿絵(By みてみん)


二十年も前のことになるだろう。

まだ私が、毎夜あのカウンターに立っていた頃の記憶だ。


その日は普段より早く店に出て、一日一本と決めていたパーラメントに火をつけた。

細く立ちのぼる煙を追いながら、私は考え込んでいた。

――オリジナル・カクテルのテーマについて。


ただ組み合わせるだけでは、カクテルは心に残らない。

そこに物語や色、匂いといった「核」がなくてはならない。

そう思いながら、棚に並ぶ無数のボトルを見渡していた。


BAR RAIN唯一のオリジナル〈レイン・ドロップ〉は、「雨」をテーマに生まれた。

ホワイトラムに少しだけダークラムを落とし、ブルーキュラソーとバイオレットリキュールで整える。

ダークラムの焦げ香が、夏の夕立の匂いをかすかに漂わせる一杯だ。


ある晩、雨に打たれながら入ってきた青年が、それを注文したことがあった。

「レイン・ドロップ……名前に惹かれました」

濡れた髪から滴を落としつつ、グラスを受け取った彼の横顔を、私は今でもはっきり思い出す。


最初の一口で、彼は少し驚いたように眉を上げた。

「甘いだけじゃないんですね。…雨の匂いがします」

そう言って、照れくさそうに笑った。


その笑みを見て、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。

滅多に頼まれない一杯だったが、確かに誰かの心に届くことがある――そう思わせてくれる瞬間だった。


けれど、それ以外のオリジナルは、どれも長続きしなかった。

結局、スタンダードに比肩するほどの個性がなければ、静かに忘れ去られてしまう。

私はその事実を、何度も失敗を重ねながら思い知った。


今にして思えば、あの頃の私はまだ想像力が足りなかったのだろう。

幾ら考えても、自分が心から納得できるテーマには辿り着けなかった。

パーラメントを灰皿に落としても、答えは見えないままだった。


気づけば開店の時刻。

私はカウンターの灯りをともすとき、決まって同じことを考えていた。

「今夜こそ、何かを見つけられるだろうか」と。


――二十年を経た今でも、あの夜の煙と灯りの感触を、私はふいに思い出すことがある。

それは、まだ答えの見つからない問いを、今も私に投げかけ続けている。

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