Blue Hawaii
その晩、カウンターに腰を下ろした若い客が、少し照れたように言った。
「ブルーハワイって、作れますか?」
夕子さんは、ほんの一瞬だけ目を細め、棚の奥からブルーキュラソーのボトルを取り出した。
カウンターの灯りを受けて、瓶の中で深い海のような青が揺れる。
「1950年代、ハワイのホテルのバーテンダーが考案したんですよ。
リキュールの青を、南国の海や空に重ねて」
そう説明しながら、夕子さんは氷を落としたシェイカーに、ラム、パイナップルジュース、レモンジュースを注ぎ入れる。
最後にブルーキュラソーが加わると、鮮やかな色が内側でひときわ強くきらめいた。
その様子を眺めていた隣の常連が笑った。
「本場のハワイで飲んだら、きっともっと甘くて派手なんだろうね」
すると、オーダーした客がすぐに返す。
「いいんですよ、ここは東京で、雨ばかりの街なんですから。青い海の代わりに、グラスで十分です」
夕子さんは、軽く頷きながらリズムよくシェイクを終えた。
グラスに注がれた液体は、夏の夜の水平線のように澄み渡っていた。
「どうぞ――涼しい海風の代わりに」
差し出された一杯に、若い客は目を輝かせ、嬉しそうに笑った。
その笑顔に釣られて、周囲の空気も少し明るくなる。
いつもの静かなBAR RAINに、ほんの少しだけ南国の陽射しが射し込んだように思えた。
僕はその様子を見ながら、不思議と心が和らいでいくのを感じていた。
雨の多いこの街にいても、グラスの中に小さな楽園は確かに宿る――
あの夜のブルーハワイは、そう思わせてくれる一杯だった。




