"Cuba Libre or Rum and Coke?"
カウンターで繰り返される、いつもの掛け合い。
「キューバ・リブレ!」と常連の女性がオーダーすれば、
隣の男性が「ラムコークじゃないか、このアバズレ!」と笑い混じりに返す。
そのやり取りを横で聞いていた、初めて顔を見る男性客が首をかしげた。
「キューバ・リブレとラムコークって、どう違うんです?」
夕子さんは手を止めず、穏やかに答える。
「キューバ・リブレにはライムを絞ります。
ラムコークは、レモンを添えることが多いですね」
そして続けるように、氷を落としながら静かに語った。
「キューバ・リブレは、独立戦争の時にアメリカ兵がラムとコーラを混ぜて飲んだのが始まりだと言われています。
『Cuba Libre』は“自由なキューバ”という意味なんですよ」
男性は興味深げに頷き、「じゃあ僕はラムコークで」と笑った。
夕子さんはグラスにラムを注ぎ、炭酸の泡を立たせ、仕上げにレモンを一片添える。
カウンターの灯りに照らされて、淡い琥珀色が静かに輝いた。
差し出された一杯を手にした彼は、ひと口含み、爽やかな香りに目を細めた。
その表情が、夏の熱気を少しだけ遠ざけたように見えた夜だった。




