Alexander
その夜、BAR RAIN にひときわ明るい声が響いた。
「チョコレートのカクテルって、ありますか?」
声の主は、先日初めて訪れてから、ほとんど毎晩のように顔を見せるようになった女性客だった。
カウンターの向こうで、夕子さんは少しだけ首を傾け、静かに手を動かし始める。
カカオリキュールとブランデー、さらにチョコレートリキュールを合わせ、氷とともに力強くシェイク。
グラスに注がれた深い琥珀色の液体の上に、クリームをそっと浮かべ、仕上げにシュガーフレークを散らす。
「この名前は何ですか?」
彼女が興味深げに尋ねると、夕子さんは微笑んだ。
「アレキサンダーです。元はジンベースなんですけど、今日はブランデーを使ってあります。
チョコレートのような香りと、ブランデーの深みを楽しめる一杯ですよ」
隣の常連がグラスを持ちながら口を挟む。
「アレキサンダーって、名前も洒落てるな。何か由来があるんですか?」
「諸説ありますけどね、あるバーテンダーが新婦の純白のドレスに合わせて作った…なんて話もあります」
夕子さんが答えると、常連は「なるほど、甘くて祝福される味だな」と笑った。
女性客はそっとグラスを口に運ぶ。
クリームの柔らかさが唇をかすめ、濃厚な甘みと香りが広がると、
その頬がゆるみ、瞳の奥までやわらかな光が宿った。
「……幸せになる味ですね」
彼女がぽつりと呟くと、カウンターの空気が一層甘く満ちていく。
その夜のBAR RAINは、カクテルの名にふさわしく、
穏やかで祝福された時間がゆっくりと流れていた。




