"When the Bar Serves Dessert"
BAR RAIN のカウンターに腰を落ち着けて、ふと気づく。
この店には、いわゆる「料理」というものがない。
メニューに並ぶのは、ナッツやチーズ、クラッカー――そんな乾き物ばかりだ。
もっとも、夕子さんは料理が苦手というわけではない。
むしろその逆で、二年間料理学校に通い、調理師免許まで持っていると聞いた。
それでもメニューに料理を載せないのは、「ショット・バーに料理は必要ない」という考えからだという。
「カクテルは食事をしながら飲むものじゃないのよ」
そう言って笑う彼女の声には、確かな自信と、わずかな割り切りが混じっていた。
現実的な理由もある。
一人きりで最大七人の客を相手にするのだから、凝った料理を作る余裕はない。
その代わり、カウンター内には小さなオーブンレンジが置かれていた。
卵黄が余ったときはカスタードプリンを、卵白が余ればメレンゲクッキーを作る。
作ったものは、気まぐれに客へサービスで出すこともあれば、自分で食べてしまうこともある。
忙しい夜はボウルに素材だけ取っておいて、後で仕上げることもあるそうだ。
ある夜、運良くそのプリンにありついたことがある。
カラメルの香ばしさと、ほろ苦さ。
甘さ控えめのそれは、カクテルの余韻と不思議に寄り添った。
この店に「料理」はない。
けれど、時折こうして差し出される一皿が、どんなフルコースにも負けないほど心を満たすことを、僕は知っている。




