Red Eye
あの夜、カウンターでビールを傾けていた男性客が、ふと思い出したように口を開いた。
「バーテンダーの朝食って作れる?」
夕子さんは軽く眉を上げ、口元に小さな笑みを浮かべた。
「レッドアイね。ビールとトマトジュースで栄養満点、酔いざましに最適な一杯よ」
冷えたジョッキにビールが注がれ、その上から深紅のトマトジュースが静かに落ちていく。
泡がわずかに揺れ、琥珀色と赤がゆっくり混じり合う様子は、夜の色から朝の色へと変わる瞬間のようだった。
「アイってさ、生卵のことじゃなかった?」と別の客が茶化すように言う。
夕子さんは手を止めず、ふっと笑った。
「それは…映画の観過ぎかしらね。トム・クルーズがジョッキに卵を割り入れるシーン、覚えてる?」
別の客が「ああ、『カクテル』だ」と頷く。
「でも、本来のレッドアイに卵は入らないの。あれは映画の中だけの、ちょっとした二日酔い対策アレンジね」
そう言って差し出されたグラスは、冷たさとほのかな酸味の香りをまとっていた。
男性客は一口飲み、深く息を吐いた。
その仕草は、ほんの少しだけ夜明けに近づいたように見えた。
Bar RAINのカウンターには、時折こうして冗談と小さな蘊蓄が入り混じる。
酒の色も、会話の調子も、ゆるやかに混ざり合いながら、夜は穏やかに更けていくのだ。




