鏡の中の自分
「なんでそんなことばかり考えてるの?」
そう言われて、陽は口を閉ざした。
「考えること」は、陽にとって生きることそのものだった。
ふと目を閉じると、頭の中にもう一人の自分が現れる。
冷静で、客観的で、ときどき厳しいけれど、ずっとそばにいてくれる存在。
「君は今、自分のどんなかたちを描こうとしてるの?」
問いかけに、陽は答えられなかった。
考えても、考えても、自分はまだ完成しない。
どんな性格で、どんな価値観で、どう人と関わっていくのか――
一つひとつ選びながら、少しずつ組み上げているような気がする。
まるで、自分の“設計図”を描いているような毎日。
正しさに悩み、迷い、時に破り捨てては、また描き直す。
ある日、陽はふと気づいた。
「考える前の自分」はどこにも存在していない、と。
思考が先にあり、その積み重ねが自分を作ってきた。
ならば、考えるたびに、自分は“新しい自分”へと組み替えられているのかもしれない。
「僕が思う限り、僕は変わり続ける」
そう心の中でつぶやいた瞬間、少しだけ怖くなった。
けれど、その不安さえもまた、思考の一部であり、自分の一部だった。
やがて陽は、鏡の中の自分を見て微笑む。
「君は今、ちゃんと考えてる。だから大丈夫だよ」
鏡の中の“設計図の自分”が、そう言ってくれた気がした。