第十七話 眠れる賢者、目覚めの光
レオとツバキが、海賊たちの船にたどり着けたのはいいものの、フィンはあることに気が付いた。
あれ、ちょっと待ってください。
これ、この後どうするんですか?
レオ達は、乗り込んだ後のことを考えてなかったのだ。
だが、そんな心配も束の間、海賊たちが慌てふためく中、ひときわ目立つ男が前に出てきた。
鎖帷子のような装備を着た男だった。
そしてレオに向けてこう言った。
「我らは、『薄墨の灰鷲団』である。そして我こそが、団長グラード・クロウである」
グラード・クロウ。
その名前をフィンはどこかで耳にしたことがあるような気がした。
その一言で、彼の仲間たちも、冷静を取り戻したようだった。
しかし、フィンには、レオへの恐怖からか、はたまた別の理由があるのか、グラードがどこか無理をしているように感じられた。
レオも、彼に名乗り返した。
「俺はレオだ!!」
「俺たち、勇者パーティが、お前らを捕まえに来た!!」
その名乗りを皮切りに、海賊たちが、襲い掛かってくる。
奴らに、ツバキは刀を抜こうとするが、
「殺してはダメです!!」
フィンが叫んだ。
ツバキにその声が届いたのか、ツバキは、刃ではなく、棟で彼らのうなじを打って、気絶させていく。
近づいてくる者は、柄の先で、腹をつき、気を絶っていった。
ツバキが近づく者たちを気絶させてくれているおかげで、レオは、ほとんど一騎打ちに近い状態で、グラードと戦っていた。
フィンは、レオにも伝えるつもりで叫んだが、届いてなかったのか、それとも、殺さずに仕留める余裕がなかったのか、レオが剣を収めることはなかった。
戦い方の形としては、完璧だった。
レオがグラードと一騎打ちをして、ツバキが二人に邪魔が入らないように、近づく者たちを側倒させていく。
しかし、状況が好転することはなかった。
グラードの実力が、思いのほか高かったせいで、レオが押されていたのだ。
もちろん、二人の戦いが長引けば長引くほど、大人数を相手にしているツバキの体力が持たなくなっていく。
「……はぁ……はぁ……」
刀を構えるツバキの息が、明らかに上がってきていた。
━━ガーン━━
グラードの力強い縦振りを、レオは剣を横にして受け止めた。
「……う……お…らぁ……ああ!!!」
レオは、ギリギリのところでグラードの剣を弾き返したが、
━━ドーン━━
「……うっ……!!」
剣をはじかれたグラードが蹴りを繰り出して、レオは船の柵まで飛ばされて、背中を打った。
「レオ!!!」
ツバキも戦いながら、レオの方に視線を向けた。
まずい、このままだと負ける……、そんな考えがフィンの頭をよぎった。
背中を強く打って、息ができなくなったレオのもとへグラードが近づいていく。
そして、刀を振り下ろす。
しかし、間一髪のところで、ツバキがレオを担いで助けていた。
おそらくレオは、肋骨が何本か折れている。
「聖人様!! これを飲んで、勇者様に医療魔術を!!!」
フィンが腰のポーチから、ポーションを取り出して、リオに飲ませた。
「わかった……」
顔が青白くなったリオはそう言うと、腰のホルダーに刺した医学書を手に取り、
「胸郭修復!!」
と呪文を唱えた。
すると、リオの持つ医学書の表紙側に付いている魔石が光り出して、その魔石から出た無数の光の粒子が、レオの胸を包んだ。
「おお、すげぇ」
ブラガンは思わず声を漏らしていた。
レオは、リオの魔法のおかげで、痛みが治まり、息も吸えるようになったのか、
「ありがとう……」
と言って、近くに落ちていた自分の剣を拾った。
リオは、レオが体のどこにけがを負ったのかを、一目で理解し、胸郭全体を治癒する医療魔術を使用したようだった。
レオは復活して、今度こそ倒そうと、もう一度、グラードと戦おうとした時、
とうとう、ツバキが膝をついた。
当然のことである。
ツバキは、嵐に体力を削られ、息が上がりながらも、レオが回復するまでの間、グラードも含めた、全ての海賊たちの相手をしていたのだ。
しかも、荒れた海の影響で、普通の人なら立っていることもままならないほど酷く揺れる船の上で。
ツバキには、もう、これ以上動く体力は無かった。
レオがツバキを守ってはいるものの、海賊たちに囲まれてしまった今、倒れるのも時間の問題である。
絶体絶命の状況、フィンはとうとう、彼女を頼った。
「賢者様! お願いします! あの船に向かって何か魔法を放ってください!」
フィンは、背中で眠りについているユリシアに声をかけた!
「うーん……むにゃむにゃ」
ユリシアは未だ夢の中である。
「賢者様! このままじゃ、勇者様達が、やられてしまいます!!!」
「お願いします!! 賢者様!!」
何故だろうか、彼らに世界を救って欲しかったからなのだろうか。
それともほかに何か、フィンの中に彼らに死んでほしくない理由があったのだろうか。
なぜか、フィンは必死にユリシアを説得していた。
「わかりました! 次から見張りの時間、減らしますから!!!」
フィンが咄嗟に放ったその言葉が、彼女の睡眠時間が増えるというただそれだけの言葉が、ユリシアのトリガーだった。
「……んん…?……ほんとに……?」
「はい!! ほんとです!!」
ユリシアの思わぬ食いつきに、フィンは、咄嗟に竿を引いた。
「……わかったよぉ……じゃあ……いくね……」
ユリシアが、フィンの背中から降りて、フィンが支えに使っていた杖を受けとり、魔力を溜め始めた。
ユリシアが杖を掲げた瞬間、嵐が息を潜めた。
波は凍りついたように船を揺らすのをやめ、海賊たちの怒号も掻き消える。
ただ、杖の先から零れる光だけが、世界を支配していた。
フィンには、それが世界の命運を左右しうるものに見えた。




