第十一.五話 仲良くなろう会~それぞれの痛みを添えて~ 其の一
出発への準備も終わり、あとは、レオの剣さえ受け取れば、旅を始められることとなった勇者御一行様方。
レオの剣を受け取るのは、明日を予定しているため、今日は、丸一日暇になってしまった。
さて、そんなとき、彼らは、何をするのか。
それはもちろん決まっている。
──『仲良くなろう会』である。
決まっているというか、レオが一人で勝手に決めたのだが。
参加者は、四名。
になりかけたところ、例の女をツバキが引きづってきて、なんと五名。
場所は、市民街近くの酒場。
移動手段は言うまでもなく荷馬車である。
セリカは、酒場前の脇で、丸まって眠っている。
ピクリと動く耳が、とても愛らしい。
セリカの賢さと、性格のわりに大事な時に空気を読めるところには、本当に助かっている。
四人席に、勇者パーティの面々が座っている。
男女で向かい合って座っている様子は、さながら合コンである。
フィンはというと、誕生日席に腰を据えていた。
『仲良くなろう会』とは言ったものの、勇者パーティの四人は、フィンよりもだいぶ早くから、顔を合わせていたため、彼らが名前で呼び合っているところからも察せられるように、もうすでに、そこそこ仲は深まっているようだった。
フィンも四人とは、一定の距離を保っていたため、結局のところ、フィンと四人の仲はあまり深まっていなかっただろう。
そんな『仲良くなろう会』の途中、話が、面白い方向に進んでいった。
話題は、「なぜ、勇者パーティへの所属を受け入れたのか、または、応募したのか」。
聞く分には興味深いが、とてもセンシティブな話題である。
結論から言うと、四人の話の内容としては、重かった。
この会は『気まずくなろう会』なのではないか、と少しだけ疑ってしまうくらいには。
まあ、人によって、重さに違いはあったが。
しかしながら、フィンにとって、四人の事情を知れたという点では、よかったのかもしれない。
この話題について最初に触れたのは、リオだった。
どうやら、彼は、これからしばらくの間、寝食を共にすることになる、勇者パーティのみんなには、知っておいてもらいたいようだった。
フィンは、リオがこの話を振った時、どこか重い空気を感じ取ってか、席をはずそうとした。
しかし、リオは、フィンを呼び止めて、フィンにも話を聞いてほしい、と告げたのだった。
リオが四人に打ち明けたのは、こんな話だった。
リオが、昨年の王立医療魔術院の首席卒業生というのは、『王命の儀』でも紹介があったため、みんな知っていることだろう。
そこに何か偽りがあるわけでもなく、首席卒業生としての実力が伴っていないわけでもないという。
しかし、医療魔術師というのは、本来、女性が目指すべき職業で、男性は騎士となり、民を守らなければならない。
いくら、自分に聖魔法の才があったとしても、男は、騎士となるべきなのだ。
リオも幼いころは、騎士を目指していた。
そしてまた、リオが、幼いころから、聖魔法を自在に扱えていたのも事実であった。
アルバスであるゆえに。
両親からも、リオは、戦場で自分が戦い、もしケガを負ってしまっても、自分自身を医療魔術で治し、また、仲間がケガをしたときには、その者たちを癒すことも出来る、すごい騎士になれる、と期待してくれていたそうだ。
だからと言って、両親たちは、リオに、騎士の道を強制するわけでもなく、好きな道に進みなさい、と常に背中を押してくれていたそうだ。
リオもまた、両親たちに報えるよう、すごい騎士を目指して、医療魔術を学び、戦闘の鍛錬をして、日々努力を続けていたという。
リオには、幼馴染がいた。
彼は、クラウス伯爵家に代々仕える執事の孫だった。
リオが言うには、彼も、レオと同じく、栗色の髪に、茶色の目をしていたという。
リオと共に戦闘の鍛錬に参加し、リオが医療魔術の勉強をするときは、彼には聖魔法の才など一切無かったのにもかかわらず、共に、人体学などの勉強をしてくれたそうだ。
なんで一緒に勉強してくれるの?
と聞くと、いつも、知識があるだけでも将来きっと役に立ちますから、と答えてくれる優しい子だったのだと。
実際のところは、一人での勉強をつまらなさそうにしていたリオを気遣って、一緒に勉強してくれていたのだろう、とリオは言っていた。
そして時は経ち、リオとその幼馴染は、貴族校に通っていた。
貴族校とは、貴族家の嫡子や次男、長女などのいわゆる貴族のぼんぼんたちが、使用人をひとりまで連れて、通うことができる学校のようなところだ。
貴族校は、王都より少し遠い所に位置しているため、近くに別荘を持っていない、ほとんどの下級貴族の子たちは、寮から通っていたそうだ。
伯爵家の嫡子であるリオと、使用人である幼馴染の彼は、二人ともクラウス家の別荘に住んでいたという。
リオは、それまでの努力もあってか、貴族校では、高い実力を発揮していたそうだ。
かくいう、幼馴染の彼も例外ではなく、使用人の中ではトップの実力を誇っており、多くの貴族家の坊ちゃん達よりも、優秀な成績を修めていたようだった。
平民である彼が、貴族達よりも、優秀である。
この事実が招く問題は、ただ一つ。
彼に嫉妬した成績の悪い貴族の坊ちゃんたちによる、悪質ないじめ。
もちろん、平民の彼は、大罪になってしまうため、貴族への反抗はできない。
一方的ないじめである。
しかし、当時のリオは、その行為に気づかず、毎日のように、ケガをして帰ってくる彼を、医療魔術で、治療する日々だったという。
この話を聞いていた時、
ケガをして帰ってきていたのなら、何かが起きている、と察せられたのでは?
そんな質問を、ツバキがした。
リオは、その質問に、「彼は僕に、訓練をしてから帰ります、と伝えていたんだ」と答えた。
続けて、「僕と彼の二人で戦闘の訓練をしていた時も、二人とも傷だらけになっていたんだ。当時の僕は、とうとう彼にも、同じ身分の者に好敵手ができたんだと、逆に歓喜していたよ」と唇をかんで、怒りを抑えるように言った。
当時のリオは、いつも疲れたように、覇気をなくして帰ってくる彼を見て、彼をそれほどまで追い込む好敵手とはどんな人なのか気になって、ある日、後をついて行ったそうだ。
わくわくがこみ上げる中、リオの視界に入ったのは、大勢の、貴族の坊ちゃんたちだった。
誰か一人と訓練していたのではなく、あの人数と、毎日訓練していたから、あんなにへとへとになっていたのか、と妙に納得しながら、自分の鼻が高くなっているのを、感じていると、
急に、彼に、魔法が放たれた。
魔法と言っても、貴族院に通う者たちの年齢的に、ただ魔力を放っただけであるが。
しかし、腐っても、貴族。
平民よりも、多くの魔力を持つ貴族たちの魔法の威力は、十分だった。
魔法を放ち終えると、彼に向けられた、殴る蹴るの、暴力のオンパレード。
終いには、貴族院の訓練で使用する、木刀で殴られる始末。
いくら、当時優秀だったリオといえども、まだ幼い子供である。
恐怖には打ち勝てなかった。
リオにできたのは、遠くから、集団にリンチされる、彼を、ただ眺めることのみだった。
いじめが終わって、坊ちゃんたちがいなくなると、リオは、彼のもとに向かった。
そして、すぐさま、医療魔術を使おうと、彼の顔を見たとき、
「リオ様、見られてしまったんですね」
そう呟く彼の、悲しそうな顔たるや。
リオの前では、失態を見せまいとしていた、彼のプライド。
それを、その瞬間にへし折ってしまった気がした。
リオは、その顔が忘れられないと語った。
彼は、次の日の朝、彼の自室で、首をつり、自ら、命を絶っていた。
リオは、もちろん、奴らに復讐しようとした。
しかし、クラウス家の執事の座を息子へ譲り、その別荘の管理をしていた、彼の祖父に必死に止められた。
そんなことをしてしまうと、クラウス家がおちてしまう、と。
リオ様が、表舞台に立てなくなってしまう、と。
彼の頑張りが、我慢が、無意味になってしまう、と。
一番、奴らを恨んでいるのは、この男であろうというのに。
彼のおかげか、リオが、怒りに身を任せ、復讐することは、なかったという。
その代わり、リオは、戦闘の訓練などを受けなくなり、いや、受けれなくなり、リオの貴族院での成績は、どんどん落ちていったという。
その結果、医療魔術の実力は伸びていき、現在は、医療魔術師になっているという。
しかし、結局、医療魔術師になってからというもの、結果は知っての通り、あまり残せていない。
このままではだめだ、何かしなくては。
そんなことを考えていた時に、現在の医療魔術師団の団長リュシエンヌから直々に、勇者パーティに参加してくれないか、と頼まれた。
クラウス家のために、彼のために、何か結果残さなくては。
そんな思いで、今回の頼みを受けたという。
「もしもあの時、僕が声を上げていたら──」
そう呟いて自分を悔やむ、リオの表情が、強くフィンの目に焼き付いていた。




