第九話 勇者パーティ結成パーティー 晩餐会
左右から、執事たちが銀盆に始まりの料理、前菜を乗せて運んでくる。
料理を運び終えると、王室料理長から、前菜の説明が入った。
「『始まりの英雄譚』の一品目は、《裂けた地図》」
「トレヴァンで獲れた鹿肉の燻製とワルデル平原で採れた黒麦のクラッカーを使用した一品でございます」
フィンは自分のところへ運ばれた皿を見つめる。
その地図に、道は描かれていない。
だが、歩みは止めない、いや、止められない。
それが、英雄というものなのだ。
フィンは、その地図を静かに口に運んだ。
その瞬間、鹿肉をやさしく包む燻製の香りが、鼻をくすぐり、生まれ育った遠い山の記憶を呼び起こす。
それは、まるで鹿が生きた季節の記憶が、香りに宿っていたかのようだった。
そして、一噛みすると、
━━ザク━━
少し硬めのクラッカーが、鹿肉の燻製の野性味と深みを、さらにまろやかにまとめ上げる。
噛むたびに、道かもわからないところを進む現実の重さが舌に残った。
「『英雄の旅路』の一品目は、《誓いの一口》」
「こちらは、山羊チーズとザクロのタルトレットでございます」
「どちらもワルデル平原産のものを使用しております」
タルト生地に軽くホイップした山羊チーズ。
その上にかかった真っ赤なザクロのジャム。
その赤は、鮮やかで、どこか痛々しくも美しい。
それは、まるで血の誓いのようだった。
フィンは、タルトレットをフォークで切り分け、口へと運び、静かに目を閉じる。
誓いとは、甘さだけではない。
時に、痛みも伴う。
タルトレット全体の甘さを覆い隠すような、山羊チーズのかすかな塩味とザクロの甘酸っぱさがそれを物語っていた。
フィンは、レオの騒がしさなど気にならないほど、この物語に集中していた。
フィンー?
ごめんごめん、普通に進めちゃってたけど、料理マンガじゃないぞ?
なんか、真剣にこの風景説明してるけど、これファンタジー小説ね?
あまりにも自然な入りすぎて気づけなかったよ。
まあでも分かった。今回の話はそういう感じね?
(語り手の独り言)
それでは、続きます。
全員が、一品目を食べ終わったころ、銀盆の執事たちが、次の料理を持ってくる。
何やら、料理と一緒に、底に王家の紋章が刻まれた、透明な水晶の杯も一緒に運ばれてきた。
そのついでに、食べ終わった皿は回収していった。
その一連の間に、王室料理長が、二品目の説明をしてくれていた。
「『始まりの英雄譚』の二品目、《影の語り部》」
「こちらは、『交易都市』ベルハルトの市で仕入れた、黒豆と根菜のポタージュでございます」
「二品目のテーマは、『世界の裏側』というものになっております」
「どうか、スープを食す前に、リヴァルナの天然水を、清めの意味も込めて、お飲みになってください」
王室料理長がそういうと、銀盆の執事たちが瓶を持ってきて、先ほど料理と共に持ってきた盃に、水を汲み始めた。
フィンは、料理長の言葉通り、水を飲んだ。
すると、口の中がリセットされる。
言葉の通り、清められたのだ。
「それでは、スープの方をどうぞ」
黒いスープの表面に、白いれんこんの輪が浮かんでいた。
穴の向こうに何かが見える気がした。
湯気に乗ったごぼうの香りが鼻を抜け、しまいには、こう伝えてくれているような気がした。
語られぬことこそ、真実に近い、と。
それでも、真実を受け止めるために、スプーンですくって、口の中へ流し込む。
まず初めに来たのは、黒豆と鶏の出汁で静かに染み入るようなコクだった。
そして、ほのかに香る、根菜たち。
しかし、よく味わうと、一番深みを出しているのは、このどれでもなく、焦がしネギの風味だった。
おそらく、運んできた後、最後に一滴たらしていたのが、焦がしネギ油だったのだろう。
スプーンを口に運ぶたび、焦がしネギ油という影が、真実を静かに語りかけてくるかのようだった。
「『英雄の旅路』の二品目は、《揺れる心》でございます」
「カイレアでとれた昆布と、トレヴァンで採れた椎茸を干したものでスープの出汁をとっております」
底の見えるスープ。
その上に浮かんだ、一枚のセリバオウレンの花弁。
セリバオウレンの花言葉は、『揺れる心、希望と繁栄、変身』。
白く繊細な花弁が、水面に浮かび、湯気に揺れる。
スプーンで一口すすると、塩味の少ない、澄んだスープが、舌をやさしく包み、後からじわりと、旨味が広がる。
一品目の、《誓いの一口》。
彼が、その誓いを立てたとき、何があったのだろうか。
フィンはこのスープに、まるで、彼が自分に限界を見たかのような、諦めたかのような、そんな雰囲気を感じていた。
しかし、セリバオウレンも一緒に口に運んだ時、その優しい味は一気に消えた。
苦かった。
その苦みは、彼が背負ったものの重さを語っているようだった。
そして、彼の覚悟を忘れないように、セリバオウレンがなくなったスープを、もう一度口へ運んだ。
すると、どうだろうか。
最初に味わった時よりも、圧倒的に旨味が増していた。
ああ、彼は、もう負けない。
血の誓いを立てることになったその相手にすらも。
そう確信できるほどに。
彼は、覚悟を決めて、強くなったのだ。
ああ、どんなに努力したのだろう。
どんなに、つらい思いをしたのだろう。
なんのために、だれのために、戦ったのだろう。
自分の実力の底が見えて、絶望して、でも限界を超えて強くなって。
そして、何かを成したんだ。
そんなことを感じて、フィンは自然と涙を流していた。
このあと、料理は三品続いた。
しかし、フィンには、ここまでしか想像できなかった。
彼らがどんな物語を歩んでいったのか。
どんな経験をしたのか、何を成し遂げたのか。
その果てには、何が待っていたのか。
それはそうだろう。
だってフィンとは、生きた時も、人生の経験の量も、立場も違うのだ。
だからこそ、三品目以降は、彼らの物語があまりにも遠く、フィンの想像の届かぬ場所にあった。
いつかは、彼らを理解できるようになりたい。
そう思いながら、晩餐会は終わったのだった。
【作者より】
ふざけた感じになってしまい、申し訳ありませんでした。
これは物語の進みが遅いと、誰かに言われてしまうことになってもしょうがないと思っています。
もしかすると、早く旅が見たいんだよ、という方もおられるかもしれません。
そう思ってしまったそこのあなた!!
まことに申し訳ありません。
実は、私自身もその気持ちに駆られていました。
しかし、これからは精一杯進めてまいりますので、どうかご勘弁を。
ちなみに、
『始まりの英雄譚』『英雄の旅路』
どちらも、
前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートの5コース考えていたのですが、すべて書くと、長くなりそうだったので、省略しました。
各叙事詩料理の残りの料理のタイトルは、
『始まりの英雄譚』
三品目
《静謐なる契約》
四品目
《異界の咆哮》
五品目
《灯火の誓い》
『英雄の旅路』
三品目
《理想の光》
四品目
《剣の記憶》
五品目
《果ての静寂》
です。
せっかく考えたので、もしかしたら、どこかのあとがきで、料理の説明だけでも書くかもしれません。




