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なりたてドラゴン  作者: なりドラ
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白は動かない?





初めまして、わたくしブランと申します。

外見はしがないハツカネズミでしかありませんが、内面は誰よりも淑女であると自負しております。

いついかなる時も沈着冷静であれ。

それがわたくしですわ。






◆◆◆◆






とはいえ、さすがに今回ばかりは、何が起きたのか分からずに固まってしまった。


軽い眩暈のなかで目を覚まし、脳がグルグルと回転するかのような気持ち悪さにきつく瞼を閉ざす。

何が起きたのか、そもそも何をしていたのだったか。

それすらも起きぬけの頭では曖昧で、しかし主を冷静に支えるべき自分がそれではいけないと、再び遠ざかりかけた意識を気力だけで引きずり戻す。

不快感を押さえつけて目を開く。

今度は覚悟していたからか、思っていたより調子はよかった。

まず目に入ったのは、絹のような白。

視界いっぱいに広がる美しい色に心が奪われ――――すぐにその意味に気づく。


「マスター!?」


倒れ伏していた主のそばへと駆け寄る。

自分が人間の姿だったなら青ざめていただろう。

先ほどまでの不調など一瞬で吹き飛び、堰を切ったように記憶があふれ出してきた。

そうだ。

術は、失敗した。

失敗したのだ。

マスターの悲願は成されなかった。

その反動を自分たちは全身で受け――――そこで意識は途切れているが、おそらく肉片にでもなったはずだった。

寸前で主が防御結界をはったために、それぐらいですんだのだろう。

本来なら細胞の一片すら残りはしなかった。


主の傷ひとつない様子を見る限り、肉体の再生はほぼ終わっているようだが、目を覚ましていないということは内部がまだズタズタなのかもしれない。

医療用の魔術で主の体内を走査しながら、あれからどれぐらいの時間が経過したのだろうと考える。

意識が途絶えるほどに『死んだ』のは二人して初めてのこと。

さらに言えば、あの術のせいでかつてないほど魔力を消費していた状況での『死』。

肉体の復元にはいつもより時間がかかったはずで、丸一日が経過していてもおかしくない。


そうしている内に検査は終わって、一部内臓に損傷が残っているものの、ほぼ問題ないとの結果がでた。

それに安堵すると同時に、すこし取り乱してしまったことを自省する。


―――さて。

正直に白状するなら、このまま彼を寝台にでも放り込んで、全快するまで起こさずにいたいのだが……。

それをすれば主は怒るだろう。

自身の体調など後回しで、すぐにでも状況を把握したいはずだ。

性格上、彼は怒鳴りつけたりなどしないが、「なぜ起こさなかった」と怒気と冷気でかためた視線を突き刺してくることは容易に想像できる。

というわけで主に忠実な自分には『起こす』以外に選択肢はない。


そうと決まればと、わたくしはあらゆる探査魔術を駆使し、周囲から情報をかき集めて出来るかぎりの現状を把握していく。

これぐらい言われる前に出来ていなければ使い魔失格だ。

無能の烙印など押されるわけにはいかない。

しかし、情報を仕入れれば仕入れるほどに肝が冷えていく。

とはいえ伝えないわけにもいかないので、報告内容をまとめてしまうと、冷静な仮面で内心の動揺をおおい隠した。


「マスター、お目覚めになってください」


つとめて無感情に呼びかける。

それだけでは起きなかったので白い頬へすり寄ってみる。

こんな機会などなかなかない。

―――………ドキドキなんて、しておりません。淑女ですもの。

それでも起きないので鼻先でつついていると、いきなり『ガッ!』とわし掴みにされた。

手加減なしに握り締められて、口から中身が出そうに―――。

―――いやですわ、お下品な表現でしたわね。


主は掴み取った私を、寝ぼけた目線で3秒ほど眺める。


「おはようございます、ヴァイス様」


「――――ブランか」


「ええ、わたくしです。非常に苦しいので、放してくださいまし」


「………すまん」


主―――ヴァイス様は私以上に感情のない声で謝ると、手の束縛を解いてゆっくりと上体を起こした。

顔は平然としているが、いつもより動きに精彩がない。

気合で不調を無視しているようだが、やはり堪えているのだろう―――精神的にも。


「それで、状況は……?」


問われて、気だるげに白髪をかきあげる彼を見上げる。

術が失敗したのは本人も分かっているはずなので、そこは飛ばして判明したことだけを報告する。


「屋敷の窓が一枚、内側から壊されています。そこから逃げ出したのでしょう。

 姿は竜のままだと思われますわ」


言いながら白墨で描かれた魔法陣を示してみせる。

魔法陣は一部に踏まれた形跡があり、白墨でできた足あとが点々と続いている。それは主のもとへ近づいた後、部屋の出口へと迷わず向かっていた。

足あとの形はあきらかに人間のものではない。

主はそれを確認すると、男性のものにしては細い手を伸ばし、私をすくい上げて肩に乗せた。

そのまま彼は立ち上がる。


「それはいつのことだ」


「6時間も前ですわね。周囲を探査しても、もう森の中には反応がありませんでしたわ」


「…………『制すアルク』」


主は転移魔法を発動させて、瞬時にして問題の窓がある部屋へと移動した。

短距離ですら歩くことを横着するのがこの主である。

普段は研究にひきこもりで、運動のために屋敷内ぐらいは歩いてもらっているが、さすがに今はそんな余裕はないらしい。

本来、転移するほうがよほど面倒で難しいのだが、息をするように魔術をあつかう彼にそんな常識は通用しない。


「ここか」


窓がわられている部屋は、主のいた部屋からもっとも離れている位置にあった。できるかぎり破壊音を遠ざけ、主を起こしてしまわないようにと注意を払っていたのが分かる。


「私を避けて逃亡したことといい………人格は、残っているようだな」


「ええ。確かな知性がありますわね」


「――――――………」


刹那、彼の美しい柘榴ざくろ色の瞳に複雑な感情がよぎり、何かを押し流すようにして僅かに伏せられた。


主が何を想っているか、私には分からない。

私は情報収集ぐらいにしか役に立てず、行われた術についてほとんど教えられていなかったのだ。

ただ、彼が生涯を掛けて研究してきた術であり、彼がこの時のためだけに生きてきたことはよく知っている。


悲願をかなえるため、彼はあらゆる手段を模索し、試みて、届かなかった。

それでも諦めることなく、絶望に重くなる足を引きずりながら、手段を探して、探して、探して。

長い時をかけて見いだした、たった一つ。

最後の希望。

賢者くろの石』生成の術――――それが主の行おうとしたものだった。

それさえ、賢者の石さえあれば願いはかなうはずだったのだ。


しかし、術は失敗した。

現れた『少年』を目にした時、主はほんの少しだけ動揺した。

その感情は、あるいは躊躇というものだったのかもしれない。

彼をよく知る者にしか分からない、誤差のようにわずかな感情の揺れ。

それは施術において致命的だった。

通常の魔術ならともかく、主が行っていたものは伝説となって久しい大魔術。途方もなく繊細な技術を要し、些細なズレが一瞬ですべてを台無しにしてしまう。


何よりもそれを分かっていたはずなのに、それでも揺れてしまったのだ。

こうと決めたことには鉄の精神をつらぬく彼が。


一体、あの『少年』に何があるというのか。



色々と聞きたいことはあるが、それを主は望んでいないだろう。……少なくとも今は。

私は主の首筋に鼻先を押しつけて、彼の意識をこちらへと向ける。

主は「何だ」と言って、私を手の甲にのせて顔の前に持ちあげた。


「マスター、報告には続きがありますの」


というより続きの方が深刻だ。


「続き?

 ……ああ、こうなった以上は、あれを『竜久郷ドラクノイアの使者』に見つけられてしまう前に捕らえねばな。

 使者はいまどこに?」


使者たちは各国に散らばりヴァイス様を探している。正確にはヴァイス様にさらわれた竜の子供を、だが。


「そう、そのことなのですが、わたくしたち先ほど死にましたでしょう?」


「この上なく豪快にな」


「ええ、わたくしマスターが気絶したところを初めて拝見できましたわ。

 とにかくその『死んだ』一瞬、完全に意識が途絶えたことが原因なのですが」


それだけで事態を理解したのか、主は片目をすがめる。


「すべての使者を見失ったか?」


「はい」


「ドラクノイア自体も?」


「見失いましたわ。申し訳ございません。

 屋敷にある魔術のしかけなど、魔力核で維持していたものは無事に稼動しているのですけど、自力で制御していた術系統は全滅です」


私は複数の『使者』と、変動し続ける『竜久郷ドラクノイア』の位置を魔術で把握していたのだ。それがすべて水泡に帰した。

彼の手足としてなんたる失態。

頭を下げる私をしばらく見つめると、彼は「………すこし、焦っていたか」と呟いた。

それは私ではなく、彼自身に向けられた悔恨の言葉だった。

どれほどの大魔術ですら主は危うげなく成功させてきたし、それに慢心して失敗した場合の備えを怠るということもなかった。

しかし、絶対に失敗できないはずだった今回にかぎって見落としがあった。

それは心の奥底に、消せない焦りがあったということ。


「―――ブラン」


「はい、マスター」


「あれに人格が残っているのなら、探すまでもない。元の世界への帰還方法を求めて、自らここに戻ってくるだろう」


「先に使者に接触されてしまう恐れは……?」


「それならそれで好都合。

 あれは失敗体。もう一度術に使えるかは、データを取らないかぎりは分からない。

 保険として――――見失ってしまった以上、あれを餌にしてドラクノイアの位置をつかんでおく必要がある」


「竜は泳がすのですね。

 使者とのつながりを持って、こちらの懐に飛び込んで来てくれれば一石二鳥と?」


「そう。どれほど寄り道をしようと、あれはここに戻ってくる。それは変わらないのだから」


主は確信をこめて言いきると、しゃがみこんでガラスの破片へと触れる。


「『制すアルク』」


彼の宣言とともに、散らばるガラス片が淡い光をおびて粒子へと分解され、目に見えぬ破片となったそれらが窓枠を満たすように集結する。

次の瞬間には傷一つない窓ガラスが枠にはまっていた。


―――相変わらず人間業じゃありませんわ。

人間ではないですけど。


「それでは、待ちの姿勢でよろしいですのね」


「私はな。お前は情報収集がてら、各国で噂をばらまいて来い」


「噂ですの?」


「『アステラーチェ帝国で、あの凶悪な吸血鬼シェルカヴラが何らかの実験に失敗し、実験体がどこかへ逃げ出したらしい』とでもな」


なるほど、事情を知る『使者』ならば食いついてくるだろう。

そして流せる情報のギリギリの線だ。

けっして吸血鬼マスターの詳細な居場所は流せない。

主はいろいろな意味で有名で、関係ない者たちにまで押しかけられてしまうからである。


あの竜も見た目だけならただの竜。よほどでない限り、『実験』の内容を知らない者に狙われる危険もないだろう。


それにしても


「ご自分で凶悪などと」


「世間一般の評価だ。間違ってもいない」


しれっと言いながら主は儀式用の黒染めの外套マントを脱ぐと、なぜかそれを床に敷き始める。

その上にいそいそと横になってひと言。


「じゃあ寝るから、あとは任せた」


「………………」


うふふ。

思わず頭突きをかますところでしたわ、はしたない。

私はあきれかえる思いを溜息に乗せる。


「………ヴァイス様。

 せめて、ベッドに行ってくださいまし……!」







◆◆◆◆







その後のことでございますか?

「いい、ここで寝る」だの、「冷たい床が気持ちいい」だの、てこでも動こうとしない主を魔術で引きずって寝台に放り込みましたとも。

本調子でないことは承知しておりますが、一部屋の距離ぐらい渋らないでほしかったですわ。

ですから筋肉がつきませんのよ。


………まあこの横着さは、いつものことなのですけどね。




ああ、そろそろ行きませんと。


それでは、皆様ごきげんよう。








感想、評価点など本当に嬉しいです。ありがとうございます。



第3話をお読みいただきありがとうございました。

……幕間というか、どれだけ削っても普通に長くなったので、もう3話目ということにさせてください。

いろいろ設定っぽいものが出てきてますが、今は適当にスルーをお願いします。




一応ですが、ハガ○ンとはまったく関係ありません。錬金術師もでてきません。

ああでも懐かしいです。連載が始まったころはガン○ン本誌を購入していたなあ。


ちなみに屋敷内の扉がすべて自動ドアみたいになっているのは、ヴァイスの横着とブランの出入りのためです。

ブランはほいほい転移できないので。


それにしてもブラン視点だと横文字とか現代語が使えなくて書きにくかった……。

(ちょっと使っちゃってますが)

もっと語彙を増やさないといけないですね。



それでは次回から、目指せシャ族の里編になります。


長くなりましたが、次回もお付き合いいただければ幸いです。



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