バッドエンドのその先へ
「いちご杏仁プリン。抹茶クリームと小豆のロールケーキ。桜クリームシュー………む、うまそう」
深夜のコンビニで、オレは気になったデザートを片っ端からカゴに放り込む。
日付も変わりかけの時間だから客はほとんどいない。
こんな時間に何をやっているのかというと、いきなり「甘いもん食いたい」って言いだした兄貴の使い走りをさせられていたりする。
「寒いしパス」って言ってんのに、問答無用で叩き出されたよ………。
まあ、眠気がこなくて暇だったしいいんだけどさ、アイアンクローで玄関から放り投げるとかないわー。
どんな握力?
そんなことを考えながらも、さらに目についた新商品のスフレをカゴに追加する。
カゴに入っているデザートは、一種類につき3個ずつだ。
兄貴とオレと妹の分。
妹は家出るときは寝てたけど………あいつの分だけ買わないとか、後が怖すぎるだろ。
食い物の恨みはほんと恐ろしい。間違ってあいつのプリンを食べちまったときは凄まじかった………。
プリンの代わりに食われると思ったマジで。
ほかにも飲み物を追加して、それなりに重くなったビニール袋を片手に店を出る。
よりによってレジは美人なお姉さんだった。甘いものを大量に出すのはとんだ羞恥プレイだったです。
なんか生暖かい眼差しを送られた気がする………のは、自意識過剰だよな。うん。
自動ドアが閉まる音を背に、歩きながら空を見上げた。吐く息が白い。もうすぐ三月だというのに、まだまだ冬将軍は現役のようだ。
手袋のない手をジャケットのポケットにつっこむ。
寒いには寒いが、夜の散歩も嫌いじゃない。とくに寒い日は、夜の静けさもあいまって、より空気が透き通っているような気がする。
誰ともすれ違わない帰り道。
今年から受験生かー、とか呑気に考えていると、ふいに背中に衝撃を感じてたたらを踏んだ。
衝撃というか……熱?
「っ………?」
オレは何が起きたのか把握できず、とりあえず足に力を入れて、よろけた体勢を立て直そうとした。しかし足は言うことを聞かずに、オレはうつぶせに道路へと崩れ落ちる。
落としたビニールから、色とりどりのデザートカップが溢れて転がっていく。
背中の一点が、熱い。
………あつい?
なにこれ。
じわりと流れ出る致命的な何か。
声はのどの奥でつっかえたように出てこない。
呆然としたまま、どうにか視線を背後へとむける。
にじむ視界。
青白い月を切り取って、見知らぬ人影がオレを見下ろしている。
見知らぬ……………いや、どこかで見た。
逆光で分かりにくいが、たしか女友達の………、前の彼氏じゃなかったっけ………?
男は震える手で、赤色のしたたる刃物を大きく振り上げる。
オレは刺されたという事実が信じられず、ただ月光を反射するそれの動きを目で追っていた。
動けない。
逃げられない。
一秒が永遠に引き伸ばされたような時間の中、視界の端に散らばったデザートがうつる。
横暴な兄妹の顔が浮かぶ。
そうだ。
そうだよ。
帰らなきゃ。
諦めてどうするんだよ……………ボケてる暇があったら、這ってでも逃げろよ!!
オレは少しでも遠ざかろうと、震える身体を腕の力だけで引きずりはじめる。
背中は熱いのに、泣けるほど寒い。
這いずって逃げるオレを見て、男がすこし躊躇ったのを感じたが、それも一瞬、すぐに怖気づいた気配は失せてゆっくりと距離をつめてきた。
身体の芯が凍っていく。これは冬の冷気のせいだけじゃない。
血が体温とともに流れでていくのが分かってしまった。
もしかして、オレは死ぬのだろうか。
本当に終わってしまうのか。
理不尽に迫る死に、今はもういない一番上の兄の顔が思い浮かんだ。
うちは本来は四人兄妹だったのだ。
あの時の家族の嘆きようを思えば、こんなところで勝手にくたばってしまうなんて許される訳がない。
両親は泣き崩れるだろう。
兄貴は自分を責めるだろう。
妹は――――きっと、しばらく笑えなくなる。…あの時のように。
血管を恐怖が、それ以上に冷たく熱い怒りが、失われていく血液の代わりに駆けめぐる。
家族の泣き声なんて、もう聞きたくないんだ。
殺されてなんかやるもんか。
オレは帰る。
帰るんだ!
帰って、「夜中にパシらせんなよなー」って、文句を―――――――。
こみあげてきた涙で視界はにじみ、身体の震えはいつの間にか冷たい痺れに変わっていた。
それでも必死に腕を動かした。
少しでも前へ、前へ。
………けれど無情にも、男の影が頭上を覆う。
振り下ろされた刃は二度、三度。
そこから先は数えられず――――――――意識はそこで闇に飲まれた。
◆◆◆
何か大切なものが、
誰もが当たり前に持っている、失ってはいけない何かが、自分の中から消去されていく。
それが分かっていてもどうにも出来ない。
一つ。
二つ。
三つ、四つ………。
――――――――ブツンッ!
唐突に、無慈悲な消去は中断される。
それが喜ぶべきなのか、そうでないのか。気絶する寸前のような霞がかった意識では判断がつかない。
ただ、精神をまるごとひっ叩かれるような衝撃が襲ってきて、オレは重たいまぶたをこじ開けた。
◆◆◆
で、目を開けたわけだけども。
え?
――――生き、てる………?
信じられない思いで、緩慢に上体を起こした。
あれだけ鮮明に刺された覚えがあるのに、身体は痛みを訴えない。
が、視界がぐらつく。
脳みそだけがふわふわ浮いているみたいな酩酊感と、何かがしっくりこないような正体のわからない違和感がある。
………。オレ、幽霊じゃ、ないよな?
ちゃんと身体の感覚があるし――――と、手のひらを顔の前に持ってきて目を疑った。
自分の手じゃない。
大きさが違うとか肌の色が違うとか、そんな可愛いレベルじゃない。
………蝙蝠の手?
「キュイ?」
!?
オレは翼手で口を押さえる。
く、口から、鳴き声が!!
「はあ?」って呟いたつもりだったのに………!!
押さえた口もなぜか人間のものとは形が違う。
わけが分からないまま、思い切って身体を見下ろした。
――――灰色の鱗に覆われた、大きな尻尾のある身体。
爬虫類のそれに似ているが、骨格は二足歩行に適していた。
言葉も出ない。
驚愕を通り越して三回転半をきめた脳みそは、すがすがしく事実を受けとめた。
どうみてもドラゴンですね。ありがとうございます。
なんかもう笑えてきた。
ある意味おちついたのか、単に思考停止したのか自分でもよく分からないが、パニックを起こすよりはマシだろう、きっと。
とりあえずそう割り切って、オレは周囲を見わたす余裕を取り戻す。
「………キュー………」
思わず鳴き声がでた。
広い部屋だ。
外じゃないのはいいとして………いや良くないんだけど、とりあえずの疑問は置いといて。
問題はあきらかにヤバそうな部屋ってことだ。
壁際にズラッと設置された円柱型の水槽には、脳幹や謎の生物っぽいものが浮かんでいるし。
重厚な古い机には明らかに血っぽい液体や、得体の知れない白色の粘液の入った試験管が並んでいるし。
極めつけに、黒檀で塗りつぶしたような床には、白墨で不気味な魔法陣っぽいものが描かれてたりする。あ、これオレの足元のことね。
オレは魔法陣の中央に倒れていたみたい。
ろくな単語が思い浮かばない状況だ。
これじゃあまるで、実験体とか生贄とかにされかけてたみたいにみえるなー、ははは。
はは………は………………。
………………洒落にならない。
慣れずによたよたとしか歩けない身体で、2メートルほど離れた魔法陣の外周へ近づいてみる。
そこに人が倒れているのだ。あんまりにも気配がなかったので、部屋を見回すまで気づかなかった。
見知らぬ人は倒れ伏したまま目を覚ます気配はない。
呼吸する音が聞こえるから、死んではいないみたいだけど――――。
っていうか、この人ガリバー並みにでかくない?
いや、オレが小さいのか。
そろっと覗き込んで、その白さに驚かされる。
肌も長い髪も異常なくらい白い。
ついで目の下の物凄い隈にも驚く。その黒々とした隈が、秀麗な白皙の顔を病んだものに見せていた。
………あ、かわいい。真っ白なハツカネズミだ。
って、いや、この人に対しての感想じゃないぞ?
白い人の傍らに、ハツカネズミも一緒にのびていたんだよ。
第一たぶん、この人は男だ。
華奢で服の上からじゃわかりにくいけど、身長は元のオレよりあるみたいだし(机とかと対比して)。
まあそれはともかく――――………どうしよっかな。
この人なら、この不思議の国のアリス並みに謎な状況を説明できるのだろう。
でも起こすのは躊躇われる。
壁に立ち並ぶ水槽に目を向けると、色々な動物を継ぎ合わせたような『何かの死体』と目が合った。その”色々”のなかにはドラゴンっぽいものも――――人間っぽいものも含まれる。
そんなキメラがずらりと水槽ごしに見下ろしてくる。
そして訴えかけてくる。
「そいつがこんな風にしたんだ」と。
状況から考えて、うん、キメラをつくった犯人はこの男だろう。
見るからに魔術師といった、黒尽くめのコスプレじみた服まで着ているし、自ら「私は怪しいです!」と主張しているも同然だ。
何がどうなっているのか、オレは人間に戻れるのか、ここはどこなのか。それ以外にも聞きたいことは山ほどある。
だけど情報と命が引き換えっていうのは勘弁願いたい。
まあ、死掛けていたオレをどんな手段でか助けてくれた、って可能性もないわけじゃないけど………それはやっぱり低いだろう。
一度逃げて、警察機関か何かを頼って、戦力を確保してからもう一度ここに来よう。
歩くことすら覚束ない今、ひとりでこの状況に立ち向かうのは無謀だ。
でも、SOSは筆談でするしかないとして、警察がドラゴンなんて化け物の話を聞いてくれるのか。
むしろどっかの研究所にでも放り込まれそうな気がしてきたなぁ………。
………とにかく、いろいろ考えるのはここを出てからにすべきだ。
抜き足差し足で水槽の合間にある扉へと近づいていく。
で、何もないとこで転びそうになった。
――――むう、本当に動かしにくい身体だ。
どうにか手前にたどり着くと、ラッキーなことに扉は自動で横にスライドした。……じ、自動ドア?
まあ、この手でどうやって開ければいいんだと迷ってたから結果オーライ。
そしてふと扉の傍らに設置された水槽へ目がいく。
そのガラスには自分の姿――――――――灰色のドラゴンが映っていた。
鏡像はゆがんでいるが、判別できないほどじゃない。
体長30cmほどで、どことなく幼い顔つきに見えるから、子供の竜なのだろう。
オレが翼手の鉤爪で頬を掻くと、鏡像のドラゴンもまったく同じ動きをする。
――――確かにこれが、自分らしい。
分かってはいたことで、もう驚きはしなかった。
ただ事実の確認をしただけだった。
今度は強めに頬を掻く。鉤爪は何も傷つけることなく、硬質な外皮の感触だけがあった。
これもただの確認。
だけど心の奥の何かがきしんだ気がした。その感情の正体は掴めず、ただ漠然とした悲しみだけが残る。
――――ああもう、暗いなオレ。考えるのは後にするんじゃなかったのか。
こういうのはオレらしくない。
悲観したって何も変わらないんだから、こういう時は空元気が一番だ。
オレは一度だけ振り返って、
――――待ってろよ、石膏像みたいな奴。
次に会ったときはおぼえてろ!
悪役の捨て台詞っぽく宣言する。頭の中で。
そんな感じで自分に気合を入れたオレは、廊下へと一歩を踏み出した。
その後。
結構な大きさの屋敷をさまよい、出れそうなところがなかったオレは、思い切って窓を割って脱出した。この音で気づかれないかと思ったが、特にそんなこともなく。
屋敷の外の森をえっちらおっちら逃げながら、ふと思い出す。
あの男の顔に見覚えがある気がして。
―――――いや、そんなわけないと首を振る。
さすがにあの特徴的すぎる容姿なら、一度でも会ったら忘れない。
だから気のせい、もしくは他人の空似さ。
そしてオレは森を駆け抜けて、駆け抜けて、駆け抜け――――られなかった。
大自然ってすごいね。
完全無欠に迷ったよ………。
第一話にお付き合いいただき、ありがとうございました!
やってみたかったドラゴン憑依(?)ものです。
わりとハードな駆け出しの主人公。名前すら出てきてません。
ごめんよ主人公……。
次はボクっ子とモフモフ獣人にお知り合い予定です。
思い出したころに更新するような、のんびり執筆になりますが
もしよろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。