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なりたてドラゴン  作者: なりドラ
1/3

バッドエンドのその先へ



「いちご杏仁プリン。抹茶クリームと小豆のロールケーキ。桜クリームシュー………む、うまそう」


深夜のコンビニで、オレは気になったデザートを片っ端からカゴに放り込む。

日付も変わりかけの時間だから客はほとんどいない。

こんな時間に何をやっているのかというと、いきなり「甘いもん食いたい」って言いだした兄貴の使い走りをさせられていたりする。

「寒いしパス」って言ってんのに、問答無用で叩き出されたよ………。

まあ、眠気がこなくて暇だったしいいんだけどさ、アイアンクローで玄関から放り投げるとかないわー。

どんな握力?


そんなことを考えながらも、さらに目についた新商品のスフレをカゴに追加する。

カゴに入っているデザートは、一種類につき3個ずつだ。

兄貴とオレと妹の分。

妹は家出るときは寝てたけど………あいつの分だけ買わないとか、後が怖すぎるだろ。

食い物の恨みはほんと恐ろしい。間違ってあいつのプリンを食べちまったときは凄まじかった………。

プリンの代わりに食われると思ったマジで。



ほかにも飲み物を追加して、それなりに重くなったビニール袋を片手に店を出る。

よりによってレジは美人なお姉さんだった。甘いものを大量に出すのはとんだ羞恥プレイだったです。

なんか生暖かい眼差しを送られた気がする………のは、自意識過剰だよな。うん。


自動ドアが閉まる音を背に、歩きながら空を見上げた。吐く息が白い。もうすぐ三月だというのに、まだまだ冬将軍は現役のようだ。

手袋のない手をジャケットのポケットにつっこむ。

寒いには寒いが、夜の散歩も嫌いじゃない。とくに寒い日は、夜の静けさもあいまって、より空気が透き通っているような気がする。

誰ともすれ違わない帰り道。

今年から受験生かー、とか呑気に考えていると、ふいに背中に衝撃を感じてたたらを踏んだ。

衝撃というか……熱?


「っ………?」


オレは何が起きたのか把握できず、とりあえず足に力を入れて、よろけた体勢を立て直そうとした。しかし足は言うことを聞かずに、オレはうつぶせに道路へと崩れ落ちる。

落としたビニールから、色とりどりのデザートカップが溢れて転がっていく。

背中の一点が、熱い。

………あつい?

なにこれ。

じわりと流れ出る致命的な何か。

声はのどの奥でつっかえたように出てこない。

呆然としたまま、どうにか視線を背後へとむける。

にじむ視界。

青白い月を切り取って、見知らぬ人影がオレを見下ろしている。

見知らぬ……………いや、どこかで見た。

逆光で分かりにくいが、たしか女友達の………、前の彼氏じゃなかったっけ………?

男は震える手で、赤色のしたたる刃物を大きく振り上げる。

オレは刺されたという事実が信じられず、ただ月光を反射するそれの動きを目で追っていた。

動けない。

逃げられない。

一秒が永遠に引き伸ばされたような時間の中、視界の端に散らばったデザートがうつる。

横暴な兄妹の顔が浮かぶ。

そうだ。

そうだよ。

帰らなきゃ。


諦めてどうするんだよ……………ボケてる暇があったら、這ってでも逃げろよ!!


オレは少しでも遠ざかろうと、震える身体を腕の力だけで引きずりはじめる。

背中は熱いのに、泣けるほど寒い。

這いずって逃げるオレを見て、男がすこし躊躇ったのを感じたが、それも一瞬、すぐに怖気づいた気配は失せてゆっくりと距離をつめてきた。

身体の芯が凍っていく。これは冬の冷気のせいだけじゃない。

血が体温とともに流れでていくのが分かってしまった。


もしかして、オレは死ぬのだろうか。


本当に終わってしまうのか。


理不尽に迫る死に、今はもういない一番上の兄の顔が思い浮かんだ。

うちは本来は四人兄妹だったのだ。

あの時の家族の嘆きようを思えば、こんなところで勝手にくたばってしまうなんて許される訳がない。


両親は泣き崩れるだろう。

兄貴は自分を責めるだろう。

妹は――――きっと、しばらく笑えなくなる。…あの時のように。


血管を恐怖が、それ以上に冷たく熱い怒りが、失われていく血液の代わりに駆けめぐる。


家族の泣き声なんて、もう聞きたくないんだ。

殺されてなんかやるもんか。

オレは帰る。

帰るんだ!

帰って、「夜中にパシらせんなよなー」って、文句を―――――――。


こみあげてきた涙で視界はにじみ、身体の震えはいつの間にか冷たい痺れに変わっていた。

それでも必死に腕を動かした。

少しでも前へ、前へ。


………けれど無情にも、男の影が頭上を覆う。


振り下ろされた刃は二度、三度。


そこから先は数えられず――――――――意識はそこで闇に飲まれた。












◆◆◆







何か大切なものが、

誰もが当たり前に持っている、失ってはいけない何かが、自分の中から消去されていく。

それが分かっていてもどうにも出来ない。


一つ。


二つ。


三つ、四つ………。



――――――――ブツンッ!



唐突に、無慈悲な消去は中断される。

それが喜ぶべきなのか、そうでないのか。気絶する寸前のような霞がかった意識では判断がつかない。


ただ、精神をまるごとひっ叩かれるような衝撃が襲ってきて、オレは重たいまぶたをこじ開けた。







◆◆◆










で、目を開けたわけだけども。



え?


――――生き、てる………?



信じられない思いで、緩慢に上体を起こした。

あれだけ鮮明に刺された覚えがあるのに、身体は痛みを訴えない。

が、視界がぐらつく。

脳みそだけがふわふわ浮いているみたいな酩酊感と、何かがしっくりこないような正体のわからない違和感がある。

………。オレ、幽霊じゃ、ないよな?

ちゃんと身体の感覚があるし――――と、手のひらを顔の前に持ってきて目を疑った。

自分の手じゃない。

大きさが違うとか肌の色が違うとか、そんな可愛いレベルじゃない。


………蝙蝠の手?


「キュイ?」


!?


オレは翼手で口を押さえる。


く、口から、鳴き声が!!

「はあ?」って呟いたつもりだったのに………!!


押さえた口もなぜか人間のものとは形が違う。

わけが分からないまま、思い切って身体を見下ろした。


――――灰色の鱗に覆われた、大きな尻尾のある身体。

爬虫類のそれに似ているが、骨格は二足歩行に適していた。


言葉も出ない。

驚愕を通り越して三回転半をきめた脳みそは、すがすがしく事実を受けとめた。


どうみてもドラゴンですね。ありがとうございます。


なんかもう笑えてきた。

ある意味おちついたのか、単に思考停止したのか自分でもよく分からないが、パニックを起こすよりはマシだろう、きっと。

とりあえずそう割り切って、オレは周囲を見わたす余裕を取り戻す。


「………キュー………」


思わず鳴き声がでた。


広い部屋だ。

外じゃないのはいいとして………いや良くないんだけど、とりあえずの疑問は置いといて。

問題はあきらかにヤバそうな部屋ってことだ。

壁際にズラッと設置された円柱型の水槽には、脳幹や謎の生物っぽいものが浮かんでいるし。

重厚な古い机には明らかに血っぽい液体や、得体の知れない白色の粘液の入った試験管が並んでいるし。

極めつけに、黒檀で塗りつぶしたような床には、白墨で不気味な魔法陣っぽいものが描かれてたりする。あ、これオレの足元のことね。

オレは魔法陣の中央に倒れていたみたい。

ろくな単語が思い浮かばない状況だ。


これじゃあまるで、実験体とか生贄とかにされかけてたみたいにみえるなー、ははは。

はは………は………………。


………………洒落にならない。


慣れずによたよたとしか歩けない身体で、2メートルほど離れた魔法陣の外周へ近づいてみる。

そこに人が倒れているのだ。あんまりにも気配がなかったので、部屋を見回すまで気づかなかった。

見知らぬ人は倒れ伏したまま目を覚ます気配はない。

呼吸する音が聞こえるから、死んではいないみたいだけど――――。


っていうか、この人ガリバー並みにでかくない?

いや、オレが小さいのか。


そろっと覗き込んで、その白さに驚かされる。

肌も長い髪も異常なくらい白い。

ついで目の下の物凄い隈にも驚く。その黒々とした隈が、秀麗な白皙の顔を病んだものに見せていた。


………あ、かわいい。真っ白なハツカネズミだ。


って、いや、この人に対しての感想じゃないぞ?

白い人の傍らに、ハツカネズミも一緒にのびていたんだよ。

第一たぶん、この人は男だ。

華奢で服の上からじゃわかりにくいけど、身長は元のオレよりあるみたいだし(机とかと対比して)。


まあそれはともかく――――………どうしよっかな。

この人なら、この不思議の国のアリス並みに謎な状況を説明できるのだろう。

でも起こすのは躊躇われる。

壁に立ち並ぶ水槽に目を向けると、色々な動物を継ぎ合わせたような『何かの死体』と目が合った。その”色々”のなかにはドラゴンっぽいものも――――人間っぽいものも含まれる。

そんなキメラがずらりと水槽ごしに見下ろしてくる。

そして訴えかけてくる。


「そいつがこんな風にしたんだ」と。


状況から考えて、うん、キメラをつくった犯人はこの男だろう。

見るからに魔術師といった、黒尽くめのコスプレじみた服まで着ているし、自ら「私は怪しいです!」と主張しているも同然だ。

何がどうなっているのか、オレは人間に戻れるのか、ここはどこなのか。それ以外にも聞きたいことは山ほどある。

だけど情報と命が引き換えっていうのは勘弁願いたい。

まあ、死掛けていたオレをどんな手段でか助けてくれた、って可能性もないわけじゃないけど………それはやっぱり低いだろう。

一度逃げて、警察機関か何かを頼って、戦力を確保してからもう一度ここに来よう。

歩くことすら覚束ない今、ひとりでこの状況に立ち向かうのは無謀だ。

でも、SOSは筆談でするしかないとして、警察がドラゴンなんて化け物の話を聞いてくれるのか。

むしろどっかの研究所にでも放り込まれそうな気がしてきたなぁ………。


………とにかく、いろいろ考えるのはここを出てからにすべきだ。

抜き足差し足で水槽の合間にある扉へと近づいていく。

で、何もないとこで転びそうになった。

――――むう、本当に動かしにくい身体だ。

どうにか手前にたどり着くと、ラッキーなことに扉は自動で横にスライドした。……じ、自動ドア?

まあ、この手でどうやって開ければいいんだと迷ってたから結果オーライ。

そしてふと扉の傍らに設置された水槽へ目がいく。


そのガラスには自分の姿――――――――灰色のドラゴンが映っていた。


鏡像はゆがんでいるが、判別できないほどじゃない。

体長30cmほどで、どことなく幼い顔つきに見えるから、子供の竜なのだろう。

オレが翼手の鉤爪で頬を掻くと、鏡像のドラゴンもまったく同じ動きをする。


――――確かにこれが、自分らしい。


分かってはいたことで、もう驚きはしなかった。

ただ事実の確認をしただけだった。

今度は強めに頬を掻く。鉤爪は何も傷つけることなく、硬質な外皮の感触だけがあった。

これもただの確認。

だけど心の奥の何かがきしんだ気がした。その感情の正体は掴めず、ただ漠然とした悲しみだけが残る。

――――ああもう、暗いなオレ。考えるのは後にするんじゃなかったのか。

こういうのはオレらしくない。

悲観したって何も変わらないんだから、こういう時は空元気が一番だ。

オレは一度だけ振り返って、


――――待ってろよ、石膏像みたいな奴。

次に会ったときはおぼえてろ!


悪役の捨て台詞っぽく宣言する。頭の中で。

そんな感じで自分に気合を入れたオレは、廊下へと一歩を踏み出した。




その後。


結構な大きさの屋敷をさまよい、出れそうなところがなかったオレは、思い切って窓を割って脱出した。この音で気づかれないかと思ったが、特にそんなこともなく。

屋敷の外の森をえっちらおっちら逃げながら、ふと思い出す。

あの男の顔に見覚えがある気がして。

―――――いや、そんなわけないと首を振る。

さすがにあの特徴的すぎる容姿なら、一度でも会ったら忘れない。


だから気のせい、もしくは他人の空似さ。




そしてオレは森を駆け抜けて、駆け抜けて、駆け抜け――――られなかった。

大自然ってすごいね。



完全無欠に迷ったよ………。






第一話にお付き合いいただき、ありがとうございました!


やってみたかったドラゴン憑依(?)ものです。

わりとハードな駆け出しの主人公。名前すら出てきてません。

ごめんよ主人公……。


次はボクっ子とモフモフ獣人にお知り合い予定です。

思い出したころに更新するような、のんびり執筆になりますが

もしよろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。




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