はした金
無事、レイナさんの嘔吐が治まると、七畳のダイニングキッチンの食卓には、僕とレイナさんと幸威の三人が集った。
今までの失態をなかったことにしたいらしいレイナさんは、口臭スプレーの香りを口から漂わせながら、「さあ、お金を渡すのです♪」と上機嫌に話し出した。
「お金を渡さないのなら、こっちにも考えはありますです。さあ、お金をプリーズ♪」
幸威は誇らしげにエメラルド色の長財布の中を見せびらかした。
その中には、千円札が三枚だけあるのみ。
「千円札三枚、小銭はジュース一本を自販機で買えるくらいです、ワタシの財産は。
残念でしたね、ハニートラップガール! アナタが反社会的勢力の駒だろうと、ワタシにあなたのトラップは通じないのですから」
レイナさんは冷めたまなざしで、幸威の財布をひったくる。
中身を見た彼女は、馬鹿にしたように鼻で笑った。
しかし、そこはレイナさん。
しっかり幸威愛用の財布から、千円札を三枚とも抜くと、幸威の胸に叩きつけた。
「じゃあ帰ってくださいです。お金がない人には、私は用はありません」
レイナさんは無慈悲にそう言うと、幸威の財布から抜いた三千円を自身の長財布に仕舞ってしまった。
「幸威……言い返してやれよ」
レイナさんの無慈悲な言葉を聞いて、たまらず僕は幸威に促した。
幸威は姿勢を正してから、レイナさんに向かって「いいですか、レイナさんとやら。アナタはワタシに失礼な発言をした」と強気に出た。
いいぞ、と僕は思わずガッツポーズをする。
「なんです笑?」
「……ワタシは、まだお金を持っていますが」
「ん……はした金のことです?」
苦笑するレイナさん。
僕はずっこけた。
幸威の奴、そこが引っ掛かったのか。
幸威は財布の中の小銭を集めると、誇らしげに「百六十五円!」とテーブルに叩きつけた。
「アナタがはした金と呼ぶこのお金……それはワタシが苦労して得た給料。そのお金は、アナタが奪った三千円と同じ価値があるのですっ!
三千円を奪うというのなら、このアナタがはした金と呼ぶ百六十五円も奪いなさい。それが道理というものでして」
「あ、そう? じゃあ、遠慮なくいただきますです♪」
レイナさんは幸威の最後の所持金である百六十五円も懐に入れてしまった。
僕は手の平で額をピシャリと打った。
「どうして……どうしてだ、幸威?
僕の尻拭いをするはずが、お前も尻を拭われる立場になって、それじゃあ一体どうするんだよ」
「どうしてと言われましても、人間というものははした金を持つよりも、いっそ全額失ったほうが安心するものでして。
こんなはした金、こっちから願い下げです」
「尻を拭われる立場になったことは?」
「何を言うかと思えば、修哉さん!
互いに尻拭いが必要になった今だからこそ、ワタシたちはより強固な“お知り(尻)合い”になれるのでして。
ということはつまり……」
「つまり?」
「尻仲間ということですよ、修哉さん」
「史上最悪の仲間の誕生だな」
レイナさんはクスクスと笑い、「バカはバカ同士、気が合うのです♪」と言って、財布をトートバッグの中に入れた。
幸威はうやうやしくお辞儀をし、「この幸威め、無上の喜び」と自身もまた財布をズボンのポケットに入れた。
「……なあ、給料日まで、お金なしでどうやって過ごすんだ?」
僕が幸威に尋ねると、彼は宙の一点を見つめたまま、「ワタシ、昔から借金というものに憧れていまして」とだけ言うなり、そそくさとこの家から出て行った。




