取引成立
中年の男性バーテンダーに早口でお酒をオーダーするレイナさん。
「彼にカルア・ミルクを。私には、アイ・オープナーを。――あれ、席に座らないのです?」
「……座るとも」
僕はレイナさんの隣のカウンター席にぎくしゃくと座った。
その僕の顔を、レイナさんは覗きこんだ。
僕はたじろいだ。
緊張しまくりの僕をさらに追い詰める気か、この子は。
「……何?」
「きみ、何歳?」
隠す必要もないので、僕は素直に自分の年齢を打ち明けた。
「二十五歳だけど」
「……二十五」
「うん」
レイナさんは我を失ったかのように、首をブルブルと震わせ、「そんなはず……そんなはず」と繰り返しブツブツとつぶやいていた。
うーん。
「もっと年上かと思っていたの?」
「逆。年下かと思っていたんですけど……」
「……そう」
気まずさを感じるも、僕は吹っ切れて、今度はレイナさんに年齢を聞いてみた。
「そういうきみは、何歳なの?」
「二十三歳です☆彡」
今度は語尾に星が流れた気がするが、まあ気のせいだろう。
「お名前、なんていうのです?」
今度はレイナさんから名前を聞かれた。
僕はスラックスのポケットからスマホを取り出し、メモ帳を使って自分の名前を漢字とともに教えた。
「酒井修哉さん……です?」
「うん」
「修哉さんには、何か願いはあります?」
「願い?」
「はい。……その願い、必ず私が叶えますから」
気の弱そうなレイナさんの目に――真っ赤な炎が宿る。
それと同時に、僕の手の甲にレイナさんの掌が重ねられ――思考停止。
と、そのとき、バーテンダーがオーダーされたカクテルをテーブルにそっと置いた。
その瞬間、レイナさんの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「おい、クソバーテンダー」
「な、なんでしょう」
「水よこせ」
「はあ」
「ぐうたらするな、ぐうたらバーテンダー」
「ただいまお持ちしますとも」
レイナさんはバーテンダーから水が入れられたグラスをひったくるなり、その水をバーテンダーにぶっかけた。
「……まだ酔ってもいないのに、酒癖の悪いお人だ」
水をぶっかけられ、苦笑するバーテンダー。
レイナさんはグラスを出入口のドアに勢いよく投げ、派手にグラスを割った。
「……レイナさん」
僕が呼びかけると、レイナさんはきょとんとした顔で椅子に座った。
「どうかしました? 怯えることはないですから。心を楽にして、リラックスでもしましょう」
僕はテーブルを拳で叩いた。
「この酷く退屈な世界。……貴女なら、この世界を刺激的で面白い世界に変えること、できるよね。
なら叶えてほしい、この僕の悲願を」
レイナさんの目に闇の炎が宿ったかと思えば、彼女はニッコリと薄気味悪くほほ笑んだ。
「いいですよ。……でもその代わり、あなたも私の言うことを聞いてくださいです」
「貴女の言うことを聞くって……?」
そのとき初めて、レイナさんは不透明な黄色のアイ・オープナーと呼ばれるカクテルが入ったグラスに手を伸ばし、それを一気に喉に流しこんだ。
官能的な飲み方。
僕は自分に出された琥珀色のカルア・ミルクと呼ばれるカクテルのグラスを恐る恐る手で持つと、グラスに口を付けて何口か飲んだ。
甘いカフェオレの味。
なんだろう、急激に眠くなってきた。
わざとらしくレイナさんは息を吸うと、先ほど僕がした質問に答えた。
僕の瞳を見すえながら。
「私と。遊んで、ください」
「うん……」
「やったー! 取引、成立ですね♪」
急激に僕の意識が薄れ始める。
ダメだ、と思ったときには、すでに僕は顔をテーブルに付けていた。
力が入らない、これでは意識を失ってしまう。
あぁ、ダメだ。意識が……。
…………。






