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転生仙女の誤算

作者: 高月水都

本当は戦記物で考えていたけど、ここで供養

蒼貴(そうき)。いや、殷明(いんめい)。僕は貴方を愛してる」

 と、跪いて愛を告げているのは数日前に滅んだ楼玲国の元太子。


「太子……」

「もう太子ではない。かの国は滅んだ。もうその呼び名は僕のものではない」

 首を横に振り、視線を宮殿に向ける。


 あそこでは楼玲国を滅ぼした清瀧国の王とその子息が建国宣言をするために準備をしている。


「僕はただの涼藍(りょうらん)だ」

 朗らかに笑っている様を見て、ああ、あの最悪の事態は阻止できたんだなと感極まって涙ぐむが、それにしてはこの事態に疑問が残る。


「では、藍さま……なんで私は愛を告げられているのでしょうか……私は貴方さまの乳母で、かなりおばさんですけど……」

「乳母? 君は僕に乳をくれていないし、未婚だろう。第一」

 あのなんで視線を合わせて迫ってきているんですか。


「仙女の君におばさんという言葉は相応しくないと思うけど」

 仙籍に入ってからかなり年月が経っているので、その手のことは慣れている素振りをしないといけないのだが、耳元で囁かれて口説かれるなど、前世を合わせて経験が無いのでかなり心臓に悪い。


 そう私殷明こと字名(あざな)蒼貴には前世の記憶がある。


 そして、この世界は前世愛読した清瀧国演戯という作品の世界に類似していた。まあ、最初は知らなかったよ。私が生まれたのは物語の100年ほど前の時代だし、田舎の貧乏学士の娘としてのんびりと……まあ、日々の生活どうしようかと悩みつつも節約生活をしているだけだったのだが、ある日。


『そなた仙骨がある』

 といきなり仙人にならないかとスカウトされるとは思わなかったな。


 まあ、仙人になれば霞を食って生きていけるから食費の心配しなくていいなと思って即決したけど、仙人の修業はきつかった。逃げなかったのは前世の記憶をじわじわと思いだして、仙人の力は実際どれくらいできるかなとワクテカしていたからもあったけど。


 で、無事仙人――仙女になってすぐにあちらこちら見て回っていたんだけど、自分の国の名前もその時になって知ったし、そこで前世の記憶にあった愛読書の世界だと知るとは思わなかったよ。


 楼玲国の王太子が知っている名前だなと思って興味を持ってしばらく観察していたら推しが生まれたのだ。


 推し――太子涼藍は悲劇のキャラだった。

 

 もともと楼玲国というのは清瀧国に滅ぼされる国で、滅びる原因は女好きという欠点こそあるが名君だった王が毒婦に入れ込んで国を衰退させて、民の苦しみに憂いを感じた配下が謀反を起こすことなのだ。


 その謀反を起こした青年が清瀧国演戯の主人公で、友の契りを交わした仙人が味方となって彼の傍につき、実は毒婦は狐の妖怪だったとか。


 で、太子は正妃がそんな毒婦に入れ込んでいる王に無理やりこちらに関心を持ってもらおうと媚薬を使い、侍女に閨を命じ生まれた子供だ。


 だけど、王は生まれた子供に一切の興味を示さず、当てが外れた正妃もならば別の策と言うことで自分の子供である王太子を育てることに熱心に意識を向け、産んだ実母はそんな正妃に従って、実子は放置して王太子の傍で控えていた。


 で、愛に飢えた太子は、愛されるためだけに剣技も教養も身に着けて、その才を顕わにしたのだが、彼の末路は悲惨だった。


 反逆軍を討伐しろと初陣で命じられて、武勲をあげれば認めてもらえると息込んで行き、味方の裏切り……毒婦の命令で暗殺されるという最後だったのだ。


 うん。もともと仙人は人に関わるべきではないという教えがあって、主人公の親友は狐の妖怪を退治する名目があったので表社会に出てきたのだ。その理由が無い場合は決まりを破ったと罪を与えられてもおかしくなかったので何もするつもりはなかったよ。うん。


 でも、あの物語では王太子が毒婦によって殺される展開が起きるのだが、実際起きた時に放置しておきたくないと思ったのだ。


 推しを守りたい。だから、仙人の上の人と交渉したのだ。主人公の親友が物語で行った時と同じように。


 毒婦の犠牲が出るのは忍びない。せめて、太子の身の安全を守らせてほしいと。




 で、侍女として、乳母として育てた。愛に飢えていた子供に持てるすべての愛を与えて、毒婦が送り込む暗殺者も食事に入れられる毒からもすべて守って、様々なことを教えた。そして、国の様子をつぶさに見せて、このままでは多くの民が毒婦と王によって殺されると気付くように導いた。


 太子は頭が良かった。自分が王になるまでの時間を待つには民は耐えられない。自分の安全を守りつつ、民を救う方法を手に入れるには伝手も時間も部下も居なかった。


 なので主人公が謀反を起こしたらさっさと降参して、部下に降った。



 本来なら敵として戦う存在。物語の太子は愛に飢えていて、その穴埋めに才能を伸ばしていたが、私の育てた殿下は私がありとあらゆることに興味を持たせて、仙術も見せたのが影響したのか仙人としての才も目覚めさせていた。


 太子が裏切り者の立場になったが、これで他の仙人とも協力体制を取れるし、主人公は太子が味方になったことで大義名分を手に入れて、予定よりも順調に進軍を開始して、無事謀反を成功させたのだ。


 だけど、なんで………。

「何か、間違えたの……」

 わなわなと震えながら尋ねるが、誰に自分は尋ねているのだろうか。だって、答えをくれそうな存在など頭に浮かばない。


「――間違えてない」

 元太子は微笑む。


「寂しい子供を甘やかし、悪いことをしたら叱りつけ、出来たことを褒め称え、興味を示したことを何でもやらせる。惜しみない愛をくれた存在に恋しないわけないだろう」

「で、でも……私はただの育ての親で……」

 そう、ただの育ての……。


「そうだな。最初は親と思ったけど、実の親はともに無関心だったから親の愛かと言われたら違うと思った。蒼貴がいればいい。蒼貴がずっと守ってくれているのを見て、守られている立場が嫌だと思えた。守れる存在でありたいと」

 それは恋だろう。


「で、ですが……太子には輝かしい未来があって」

「――言っとくけど、新しい国に元王族がいても、いずれ国を二つに分ける災厄にしかならないよ。僕は権力を持ってはいけない」

 君の想像する輝かしい未来は危険な未来しか呼び起こさない。


「ならば、さっさと人に知られない場所で暮らしたい。蒼貴と共に」

 真摯な眼差しで口説かれて、顔を赤くして何か言わないといけないと思うがまともに言葉にならない。


 もともと前世で推しだったのだ。


 愛を求める様に胸を痛めて、愛を得られると喜んださまに不安を感じ、仲間の裏切りで死ぬ直前の絶望顔が忘れられなかった。

 ラスボスの毒婦が行った残虐な行為を主人公たちに見せるための当て馬。名前があるだけのただの盛り上げ役。


 そんな彼の立ち位置が切なくて涙が出た。


 この世界に転生して、太子を守り育てているうちに自分は太子を幸せにするためにこの世界に来たのだと足元が固まった気がした。


「蒼貴はそう思ってくれないのか……」

 不安げに目を潤ませるのは幼い時からの癖。ああ、そんなのを見せられたら。


――我慢していた気持ちが溢れるだろう。


「涼藍さま。私は仙女です」

 仙術を身に着けて寿命の概念を無くした存在。


「人と異なる存在です。それでも、良いですか」

 人に嫁いだ仙女は多くいる。だけど、それらはすべて悲しい末路が待っている。


「大丈夫。だって、僕は仙術を教わったし」

 何か企む表情。ああ、こちらを喜ばせようと悪戯していた時と同じ顔だ。


「僕も仙人になるよ。――なる資格はあるでしょう」

 言われて気付く。ああ、仙術覚えられるなら資格はあった。そして、仙人はよほどの事が無い限り人の世界に深く関わらない。


 権力を持たない理由づけにもなる。


「行こうか」

「はいっ」

 迷うことなく手を取り、二人でこの地を――新たな王の立つ地から飛び立つ。


 二人で幸せになれる場所に――。


その後の二人は、国のはずれで人助けをして細々と暮らす予定。

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