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愛の交差  作者: 円寺える
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第9話

 幼い顔が近づいてくるので、どきりと胸を鳴らす。

 何の用だろうか。


「課長、早く帰らなくていいんですか?」

「なんだかこの時間になるとスイッチが入るんだよなぁ」

「仕事スイッチですか?」

「定時を過ぎると仕事が降ってこないだろう。だから持ってる仕事に集中できるというか、山崎さんはそういうのない?」

「あ、ちょっと分かります。取引先から連絡はかかってこなくなるし、他部署の人も来なくなるし、落ち着きますよね。でも課長、この前部長から時間外に仕事を押し付けられてませんでした?」

「見てたのか。まあ、仕方ない。役職に就くとそんなもんさ」

「わたし、役職者にはなりたくないです」

「今の若い子はそういう子が多いよね。ハングリー精神がないというか」

「だって責任と仕事が増えるじゃないですか」

「給料も増えるよ」

「給料よりも自分の時間が欲しいです。仕事に費やす時間を減らして趣味に充てたいですもん」


 趣味の時間を増やしたいという若者は多い。

 智之には趣味がないのでその気持ちは分からない。社会貢献をしたいという思いはないが、趣味がなく家に帰りたくない智之は仕方なく貢献しているに過ぎない。


「うち、給料多くはないじゃないですか」


 平社員のうちは給料が低い。というのも、若いうちにどんどん辞めていく傾向があるからだ。時間と金を費やして育てた雛鳥はすぐに飛び立っていく。

 長く勤める程、給料はぐんと増える。


「友達がパパ活やってるんですけど、わたしとそんなに収入が変わらないんですよ」


 あまりにもタイムリーな話題になり、動揺した。

 パパ活のサイトの登録したのを知っているんじゃないだろうな。そんなはずはないのに、そう勘繰ってしまうくらいには、タイミングがよすぎた。


「わたしは正社員なのでボーナスとかありますけど、月収だとその子とそんなに大差なくてへこみます」

「へ、へえ。パパ活ってあれだろ、食事をしてお金をもらう…」

「そうです。その子は、ハイスペックな男を捕まえて結婚するって言ってましたけどね」


 身近にいるものだな。

 それだけパパ活が浸透しているということか。


「結婚を目標にして金を稼ぐ、賢いな」

「若さがあるからですよ。数年経ったらただのニートです」


 その友達を案じているのか馬鹿にしているのか、ため息を吐く山崎に智之は聞きたいことがあった。

 その友達のパパ活は、性行為を含んでいるのか。

 そんなことを聞けばこのご時世、セクハラで訴えられてしまう。聞けるはずもなく、悶々としながら山崎と会話をする。


「パパ活って、汚いおじさんもいるじゃないですか。そんな人と金もらってまでデートしたくないですよね」


 山崎は先程から立っているので、智之は近くの椅子を持ってくるよう促した。

 もっと話を聞きたい。

 両手で椅子を持ち、智之の斜め前に座ると話を再開させる。


「汚いおじさんは心が痛いな…」

「あ、課長は汚くないですよ」

「そ、そうか?」

「フケだらけでもないし、臭くないし、服にしわがないし、セクハラ発言もないし。ちゃんと清潔感があると思います」

「ありがとう」


 若い子に清潔感があると言われて悪い気はしない。

 しかし、パパ活市場でウケがいいのか不安である。


「パパ活を否定するつもりはないですけど、自分の親がやってると思うと気持ち悪いですよね。私の父がやってたら絶対に縁切ります」

「そ、そうか」


 智之に娘はいない。迅は小学一年生だ。

 自分の子どもと同じ年齢の女性とデートをするわけではない。美沙と歳の近い子たちと会うだけだ。性行為もなく、食事をして終わる。別に、気持ち悪くはないだろう。


「山崎さんは父親と同年代の男性と交際できるのか?」

「はい?」


 怪訝な表情で見つめられ、しまったと冷や汗が流れる。


「い、いや、パパ活で結婚相手を探している友人がいると言うし、テレビでも歳の差婚騒がれていたりするから、最近の子はそうなのかと...。すまない、これもセクハラになるのか。忘れてくれ」


 この言い訳に納得したのか、山崎は「あぁ、そういうことですか」と笑った。

 もしパパ活をしたとして、相手の女性と恋人関係になることだってあるだろう。美沙は、妻と別れろと迫ったことはない。しかし、美沙より低い年齢の女性は分別も配慮もなくそう迫ってくる可能性がある。そうなると、面倒だ。

 ウケがいいのか分からない、と思っていたことは遥か彼方に置き去り、相手に好意を抱かれる前提でそんな想像をする。


「父と同年代って、もう父じゃないですか。絶対に嫌ですよ。男が若くて綺麗な女を好むように、女だって若くて綺麗な男がいいです」

「それは、そうだな。だが、年上男性がいいという女性は多いんじゃないか?」

「年上がいいって言っても、父程離れているのは嫌ですよ。知的で話が面白くて優しい男性は少し年上だよね、ってことです。外見を気にしていない、話も面白くない、無駄に歳とっただけの男性なんて誰だって嫌ですよ」


 ずばずばと言う山崎の言葉は小さな棘となって智之を刺す。

 自分はまだ三十半ばであるのでセーフだ、と心に余裕を持たせる。

 若くて綺麗な女がいいのは智之も同じだ。美沙と関係を持っているのがいい例だ。美沙は二十六歳である。できれば、もう少し若い、二十二歳か二十三歳の女と出会いたい。

 確か新卒の山崎はそれくらいだろう。

 丸い顔を眺める。幼さがいい具合になっており、子どもでも大人でもない、微妙なラインである。できれば山崎とも、と考えてその思考を振り払う。社内は美沙がいる。受付なので社内で出くわす機会は少ないが、山崎は同じ部署の部下だ。毎日顔を合わせるので、リスクが大きい。

 山崎をいいと思うが、部下ということもあり諦めた。


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