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愛の交差  作者: 円寺える
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第2話

 智之は二十代後半に差し掛かってすぐ係長になった。仕事はできる方であるため、同期の中で最初に平社員から脱出した。そしてその後も順調に課長の席に座ることとなった。

 妻が専業主婦をしていて子どもが一人いようとも、何も心配することのない金額が毎月会社から振り込まれている。子どもがもう一人増えても問題はない。

 残業はあるが、世に言う社畜と呼ばれるほどしているわけではない。定時で帰ろうと思えば帰れることだってある。それでも定時で終わって直帰したことはない。早く家に帰りたい、という思いがないからだ。そこそこ美人な妻がいて子どもがいて、幸せな家庭に見えるだろう。それでも智之は、息が詰まるあの家に早く帰ろうとは思わなかった。子どもは可愛い。自分と血の繋がりがある息子は可愛いが、妻を可愛いと思えなくなっていた。早く帰ろうという気がないのは、妻が原因である。


「課長、お疲れ様でした」

「おう、お疲れ」


 部下が帰って行く中、今日しなくてもいい仕事を片付けていく。これが終われば、することはなくなる。

 無駄に丁寧な仕事をしていると、一人、また一人と背を向ける部下を見送り、ついには智之のみになった。

 壁にかかっている時計を見ると、二十三時が目前だった。仕事は終わっていて、何度も確認していたのでこんなにも時間が経ってしまっていた。

 帰るか。

 妻に、今から帰るとメールを入れてパソコンの電源を落とし、電気を消して鍵を閉め、オフィスを出た。

 外は当然暗く、車も少ない。

 タクシーで帰ると妻が煩いので、歩いて帰る。電車に乗ってもいいのだが、この時間だと駅についてからニ十分は待たなければならない。都会だとこんなことはないのだろう。都会でも田舎でもないこの地は色々な面で中途半端であるが、住みやすい。

 灯りの少ない夜道を歩き、家の前に着くとため息が出る。

 扉を開けて「ただいま」とリビングに聞こえるよう声を張ると、妻の琴音が顔を出した。


「おかえり。今日も遅かったね」

「あぁ、残業でね」

「夕飯あるから食べて、洗っておいて」


 琴音は顎をくいっと動かしてダイニングを指すと、欠伸をして寝室へ向かった。

 結婚当初は家事をすべて琴音がしていたのだが、少しずつ智之もするようになった。意欲的に取り組んでいるわけではない。

 例えば、智之が夜遅く帰宅した時は、既に食器を洗っているので追加で智之の食器を洗おうとしない。自分が遅く帰ったのだから、自分で洗えと言う。既に洗濯もしているのだから、これも自分で洗濯しろと言う。

 掃除機をかける際、智之が部屋にいるとその部屋以外を掃除して、智之が使用している部屋は自分が占領していたのだから自分でやれと言う。

 食器や洗濯物は翌日一緒にしてくれてもいいと思うのだが、琴音は前日の分と一緒に洗うことを嫌がった。

 掃除機をかけるときも、一言言ってくれたなら数分の間だけ部屋から出て行くのに、それも琴音は嫌がった。

 その他にも色々あるが、自分の家事をしているとまるで一人暮らしをしていた頃に戻ったのかと思う。食器を洗い収め、衣服を洗濯して乾かし、部屋に掃除機をかける。一人暮らしと違うところは、帰れば手作りの料理があることくらいだ。

 息子の迅は小学一年生であるため、昼間は家にいない。つまり琴音は迅がいない間、暇なはずだ。高そうな鞄を持ち、高そうな服を着てママ友とランチに行くこともあれば、滅多に手に入らない有名なケーキを手土産にして実家に帰ることもある。

 自分はまるでATMだ。

 電子レンジで温める気にならず冷めた手料理を口に入れ、食べ慣れた味を美味しいと思うことなく胃に落としていく。

 美沙と交際するようになり、琴音が作った弁当の写真を送ることがあった。智之にもデリカシーがあるので、妻の事を美沙に話すのは美沙に対して失礼だと分かっているが、美沙が見たいというので渋々写真を撮った。すると美沙から「やっぱり子どもがいると冷凍食品ばかりになるのね」と返信があった。料理のことは分からなかったが、その言葉を聞いて漸く琴音が冷凍食品を毎日使っているのだと知った。美沙は「子どもがいるから」だと言っていたが、子どもが生まれる前と比べても弁当の中身は大差ない。

 あぁ、そうか。琴音は専業主婦であるにも拘わらず、手を抜いているのだ。出かける度に違う鞄を持ち、素人目でも分かる高級そうな服を着て、優雅にランチをするくせに夫の弁当には冷凍食品を使うのだ。金は妻の持ち物に使われ、稼いできた自分の弁当には解凍して詰めるだけの物。

 服も鞄も化粧品も、男の自分は何一つ分からない。気になって撮った琴音の私物を美沙に見せると、「これ新作のスカートじゃん」「あ、これこの前安くなってて十万くらいで買えるようになってたよ」「全部デパコスとは流石だね奥さん」と、目を輝かせて教えてくれた。女はこういうのが好きらしい。美沙に教えてもらったホームページを見ると、どれも安くはなかった。

 自分はATMだと悟ったと同時に、美沙との浮気は仕方のない事だと思った。


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