第8話 マシューの思い
読んでくださりありがとうございます。エルヴィスが過去を明かしてくれたのにマシューたちが明かさないわけにはいきませんね。
絞り出すようにエルヴィスは自分の思いを声に出した。マシューはそれを聞きながら噛み締めるように何度も無言で頷いた。自分だったらどうしていただろうか。隠したい自分の過去を言うのはとても勇気がいることである。恐らく打ち明けられていなかっただろう。それならばこうしてエルヴィス自身の口からそれを聞いたことは喜ぶべきことなのだ。そう思っていると隣のレイモンドは穏やかに微笑んで口を開いたのだ。
「まあ、気持ちは分かるぜ。俺たちだって自分の過去は出来ることなら話したくないものだしな。心外だなんて言ったが俺がエルヴィスだったら多分ずっと隠してたままだっただろうよ。……そうだ。エルヴィスがこうして過去を打ち明けてくれたんだ。俺らも言わないといけないな。……マシューも良いか?」
「もちろん」
断る理由は何ひとつ無い。マシューの了承を得たため安心した表情をしてからレイモンドは3年前から今に至るまでをエルヴィスに話し始めたのだ。それは思い出したくも無いことであり忘れてはならないマシューたちの大事な過去である。
「……なるほど、それで君たちは象徴を集めているのか。話を聞く限りではその騎士たちは神聖の騎士団で間違い無い。……3年前と言うと僕はもう既に追放された後だ。牢屋にいた頃ならまだ情報を持っていたかもしれないが、追放されたからは一切騎士団と関わらないように生きて来たから何の情報も無いんだ。……済まない」
「あの時の騎士が神聖の騎士団だと言うのが分かっただけでも充分だよ。……しかし今思い返してみても俺の父さんと騎士団とが上手く繋がらないんだ。……だって俺の父さんはただの村人で、しかも病弱で家の外すらあまり出なかった人なんだよ?」
「……こんな言い方をするのは申し訳無いんだが、マシューのお父さんから情報を辿るのはかなり難しいと思う。既にこの世を去った人間だからね。となると情報を集めるには騎士団に探りを入れる他無いだろう」
「……大胆だな。それは可能なのかい?」
「ミゲルが傭兵として活動出来たことから考えるに。傭兵としてなら騎士団と関われるんじゃないかな。そこからどこまで探れるかはさっぱり予想もつかないが、やってみる価値はあるだろうね」
マシューは父であるケヴィンが何をしようとしていたのかが知りたいのだが、同時にケヴィンがなぜ殺されなければならなかったのかも知りたいのだ。かなり無茶をすることになるが、もし神聖の騎士団へ傭兵として潜入できるならば何か情報が掴めそうである。
「……それを実行するとして、エルヴィスとエレナは手伝ってくれるのかい?」
「……正直に言えば僕は絶対にしたくない」
エルヴィスは渋い表情である。エルヴィスはクラーク家の闇を知る人間であり、それ故に追放されたのである。そんなエルヴィスが神聖の騎士団に潜入すれば混乱は免れないだろう。この提案をしたのはエルヴィスだが手伝うのを渋るのは無理もない。
「そうだろうね。……まあ、そんな事態にはならないだろうからひとまずこれは置いておこうか。……あ、そうだ、エルヴィス。君にひとつ頼みがあるんだ」
「頼み?」
「修羅の国近辺の地形がよく分かる地図が見たいんだ。行き方に関して目星はついているんだが、もしかするとそれが不可能かもしれないと思ってね」
「なるほど、分かった。地図を見せるのは明日でいいか?」
「エレナがここにいないからな。修羅の国についての話は明日で良いだろう」
この場にはエレナはいないのだ。全員いない状態でこのまま話を進めてもあまり意味がない。これ以降の話は明日にするとしてマシューとレイモンドは緋熊亭に帰る支度を始めた。それを柔らかな表情でエルヴィスは見つめていた。
「それじゃあ俺たちは宿に戻ることにするよ」
「せっかくだから下まで見送るよ」
マシューとレイモンドが立ち上がるのと同じタイミングでエルヴィスも立ち上がった。見送りなんて良いのにと思いながらも2人とも断ることはせずに3人で階段を降りたのだ。この家に来た時と全く違う和やかな空気がそこには流れていた。
エルヴィスに見送られエルヴィスの家を出た2人は緋熊亭への帰り道を歩いていた。月明かりが2人を優しく照らしている。不意に何かに気付いたようにマシューは立ち止まり月を見上げた。
「……どうした?」
「俺たちは恵まれているなと思ってさ」
「なるほど、それは俺も同感だな。……修羅の国へ行ってエレナの親父さんが見つかったら、2人はどうするんだろう」
「それは2人に聞かないと分からないな。……ただ、俺はもし可能ならこの先も一緒に行動したいと思っているのさ」
それはマシューが本心から思うことであった。その出会いは単なる偶然なのかもしれない。だがエルヴィスも、そしてエレナもマシューにとって気の合う仲間であり、信頼出来る仲間である。出来ることならこれから先もずっと一緒にいたいと心から思っているのだ。
だが、その思いは実現するとは限らないのだ。マシューが心からそう思っているのを感じ取ったレイモンドはマシューと同じように月を見上げた。曇りのない月が2人を優しく照らしていた。