第4話 エルヴィスの疑問
読んでくださりありがとうございます。ミゲルは無事に石化から復活しました。良かったですね。
「ミゲル! ……良かった。……良かった」
「……父さん」
ミゲルは申し訳無さそうな顔でデービッドを見ている。そろそろミゲルも今の状況も整理出来ただろう。エルヴィスはデービッドが少し落ち着くのを待って口を開いた。実はミゲルに聞きたいことがあったのだ。それは他でも無い、ミゲルがなぜ知恵の樹上にいたのかと言うことである。
「……さて、ちょっと君に聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「……お兄さんは誰? なぜ知らない人が僕の家にいるんだ?」
「馬鹿野郎! この皆さんはな! お前の石化を直してくれたありがたい人なんだぞ!」
石化から直って早々にミゲルはデービッドに怒られてしまったのだ。さっきまで涙を流していたとは思えないなと思いながらマシューとレイモンドは2人でデービッドを宥めていた。目覚めれば知らない人たちが目の前にいたのだ。混乱してしまうのも無理は無いだろう。
「ごめんなさい。僕の石化を直してくれた人だとは思ってませんでした」
ミゲルはそう言って素直に頭を下げた。混乱してしまうのも無理は無いと思っていたためマシューとレイモンドは何も気にしていなかった。そのことを伝えようと2人はほぼ同時に首を横に振り始めた。それがおかしかったのだろう。少し笑ってエルヴィスが口を開いた。
「いや、別に僕らは気にしてないよ。……それより、君にちょっと聞きたいことがあるんだ。良いかな?」
「……なんでしょうか」
「君は石化していたと言うことは、コカトリスに遭遇したんだろう? 知恵の樹上に行っていたとも聞いたしね」
「あ、そうです。知恵の樹上でコカトリスと遭遇したんです。……その後は覚えてません」
「あ、いや。知恵の樹上について聞きたい訳じゃないんだ。……見たところ君は冒険者にも見えない。そんな君がどうしてまた知恵の樹上なんかに行っていたのか気になってね」
口は微笑みを浮かべていたがエルヴィスの両目はまっすぐミゲルに向いていた。その真剣な眼差しにミゲルは一瞬気圧されたかのように顔を背けたがすぐに向き直り口を開いた。
「……実は僕騎士に憧れているんです。それで騎士について調べていると、神聖の騎士団が傭兵を募集していると聞いて……」
「それでその傭兵とやらに参加したと。……ちなみにその傭兵の目的はなんなんだ?」
「……詳しくは知らなくて、傭兵として参加した時に初めて行き先が知恵の樹上だと知ったんです」
ミゲルのその言葉にマシューとレイモンドは驚きのあまり目を見開き、エルヴィスは頭を抱えた。見たところミゲルは10歳くらいに見え、マシューとレイモンドよりもずっと若いのだ。いくらミゲル自身が希望したとしても傭兵というのは危険すぎるだろう。
「……ちなみに聞くが、ミゲルは戦闘経験があるのか? 見たところ冒険者って言うようには見えないが……」
「……戦闘経験は無いです。傭兵として知恵の樹上に行ったのが初めてでした」
3人とも驚きのあまり絶句してしまった。見た目通りと言うのは申し訳無いが、3人が3人ともミゲルに戦闘経験は無いのではと思っていたのだ。そして実際も予想通り戦闘経験が無かったのである。それは神聖の騎士団も同様であろう。間違いなくそれを見抜けたはずである。
そんなミゲルが無謀にも知恵の樹上に行ったことも、神聖の騎士団がミゲルを止めなかったことも信じられないのだ。3人はしばらくなんの言葉も発せずにいた。それで居心地が悪くなったのだろう。ミゲルはエルヴィスの顔を覗き込みながら口を開いた。
「……でもそう言う事情はあなたの方が詳しいんじゃ無いですか?」
「……? ……僕が、かい?」
「……はい。確かあなたはエルヴィスさんですよね? だったらあなたのお父さんは……」
「その続きは言わなくて良い」
どうやらミゲルはエルヴィスの父親を知っているようだ。しかしそれをいち早く察知したエルヴィスが続きを言わせないとばかりにそれを手で制止した。エルヴィスはそれほど自分の父親が誰なのか知られたくないらしい。
「……とにかく君が知恵の樹上に行ったのは神聖の騎士団の傭兵に参加したからで良いんだね?」
「……はい」
ミゲルのその言葉を聞いたエルヴィスは少し悲しげな表情で窓の向こうを見つめていた。何を考えているのかマシューとレイモンドの2人には分からない。そしてそれを根掘り葉掘り聞くことは出来そうに無かった。
「……そろそろ外へ出ようか」
エルヴィスからそんな小さな呟きが聞こえた。それは聞き間違いに思えるほど微かな声であったが2人にははっきり聞き取れたのだ。その呟きに応じることを態度で示そうとレイモンドは勢いよく立ち上がり、それに続いてマシューも立ち上がった。そしてマシューはデービッドとミゲルに向かってにこりと笑って口を開いた。
「それじゃあ俺たちはそろそろ宿に帰るよ。とにかくミゲルが石化から直って良かった」
「あぁ……本当にありがとう。……もし君たちに何かあれば俺に言ってくれ。君たちのためなら何だってやるさ」
「ふふ……。覚えておくよ」
3人はデービッドと熱い握手を交わして家を後にしたのである。その間もエルヴィスは少し悲しげな表情で黙りこんだままであった。
それはデービッドの家を出てからも続き、エルヴィスはさっさと自分の家に向かって歩き始めたのだ。行く方向が同じ故にマシューとレイモンドもまたそれに続いて歩き始めた。重い、重い空気がそこには流れていた。
人は誰しも隠したい秘密が何個かあるものである。本人が隠したいと思っている以上は根掘り葉掘り聞く訳にはいかない。……だが悲しげにしているエルヴィスに対してこんなにも無力なのは歯痒いのだ。マシューもレイモンドもそれを思い複雑な表情である。
その時エルヴィスが後ろを振り返った。前触れの無い振り返りに後ろを歩いていた2人は思わず足を止めた。何かを諦めた表情をエルヴィスは浮かべていた。
「……君たちも気になるだろう?」