第4話 初戦闘は甘くて苦い
読んでくださりありがとうございます。レイモンドは一体何を見たのでしょうか?
2人の視線の先には先程マシューに対して攻撃を仕掛けて来たモンスターがいた。そのモンスターは爪を鳴らしながらじっとこちらを睨みつけていた。
「噂のエイプ種かい?」
「そうだな。俺の図鑑の説明通りの見た目だよ。恐らくだがコイツは、……エイプウォリアーだ」
エイプウォリアーは戦闘能力が高水準のモンスターである。エイプ種の中では格が低めのモンスターではあるものの、ゴブリンなどとは比べ物にならないほど強いのだ。
そしてエイプ種は他のモンスターと比べて知能が高いことが特徴である。エイプウォリアーももちろん知能が高く、狙った獲物を確実に屠るために自身の安全を確保した上で待ち構えていたのである。
だがその狙った獲物に対して同じく隠れて待ち構えようとする2人がいたのだ。邪魔をさせないとばかりに隠れていた2人のうち近い方のマシューに攻撃を仕掛けたと言う訳である。
「……群れではなかったか。それはひとまず救いだな」
「この状況で群れと遭遇したら全滅も有り得たんじゃない?」
「あぁ、1匹だけなら何とかしてやろうぜ」
マシューとレイモンドの2人は睨みつけて来るエイプウォリアーに負けじと鋭い視線を飛ばしていた。雰囲気に気圧されたのかゴブリンは情けない鳴き声と共にどこかへ去っていったようだ。
マシューはゆっくりと腰に下げた剣を抜いた。レイモンドは既に盾を構えている。どちらも戦闘準備は整っている。そんな2人を見てエイプウォリアーは不敵にも笑い声を上げると不意に飛びかかってきた。
レイモンドが素早く盾を構えてこれを防ぐ。独特のリズムで仕掛けられる攻撃だがどうやらレイモンドの反応は間に合うようだ。これにより少なくともなす術なく敗北することは無くなったのである。
「マシュー! 攻撃は頼んだぞ!」
「任せろ!」
レイモンドの盾を障害物として上手く使ってマシューはエイプウォリアーに斬りかかった。エイプウォリアーもまた反応が早く大きなダメージとはいかなかった。
が、ダメージが全く入っていない訳では無い。掠めた剣先はエイプウォリアーの右腕の皮を少しばかり斬りつけていた。剣先には僅かに血が滲んでいる。
「さすがに反応が早いね」
「そのようだな。だが全く無傷でも無いらしい。このまま少しずつ削っていけるか?」
「いけるもなにも、そうするしか無いね」
エイプウォリアーの表情から余裕の笑みが消えた。2人を敵だと認定したのだろう。それはモンスターと互角に渡り合えている証拠ではあるが、それは同時に油断を誘うことが出来なくなったとも言える。ここから先の戦いは純粋に戦闘能力が高い方が勝つ。そんな雰囲気が辺りに漂っていた。
エイプウォリアーは顎に手を置き何かを考えているようである。それを見て2人は警戒を強めていたがやがてレイモンド目掛けてエイプウォリアーが飛びかかって来たのだ。
何か考えている様子だったが結局仕掛けて来たのは先程と同じ攻撃のようである。レイモンドは先程同様エイプウォリアーの爪による攻撃を防ぐために盾を構えた。
エイプウォリアーは俊敏な動きでレイモンドにかなり接近すると腕を目一杯伸ばして大きく上から振り下ろした。エイプウォリアーの指先が盾の上にかかったその瞬間レイモンドはエイプウォリアーの狙いに気付いた。
エイプウォリアーは攻撃を仕掛けたのでは無い。自分の攻撃を防いでしまう盾を無力化するために盾を掴みに来たのである。エイプウォリアーは盾を上から掴むと引き剥がそうと力を込めた。レイモンドも負けじと力を込める。
だがレイモンドの純粋な腕力ではエイプウォリアーには敵わない。両手を器用に使ってレイモンドから盾を少しばかり引き剥がすと攻撃のチャンスとばかりにエイプウォリアーはニヤリと笑った。
エイプウォリアーとの腕力差を感じたレイモンドは引き剥がされまいと込めていた力を抜いた。抵抗する力が急になくなったことによりエイプウォリアーは盾を上から持ったまま身を乗り出す姿勢となる。指と爪は盾に未だ掛かっている。
完全に無防備な頭部が投げ出されるような格好でレイモンドの目の前に踊り出た。レイモンドは武器を持っていない。となれば攻撃方法はただ一つ。レイモンド渾身の頭突きがエイプウォリアーを襲った。
渾身の頭突きはエイプウォリアーの意識を奪うまでとは至らなかった。が、崩しとしては充分である。
レイモンドの盾に隠れていたマシューがエイプウォリアーの心臓目掛けて剣を突き立てた。突き立てた剣から勢いよく血がほとばしる。緑一面なはずの地面がそこだけ鮮やかな赤に染まっていく。先程斬り掛けた時より遥かに強い手ごたえがマシューにはあった。
「……ふぅ、……やったな」
「……あぁ、君のおかげだよ。……あの頭突きは前から考えてたのかい?」
「いや、……偶然だよ。必死だったからこそ出来た代物さ。……とにかく倒せて良かった」
2人とも息が切れ切れになっていた。もっとも2人とも戦闘はこれが初めてである。初めての戦闘でエイプウォリアーを相手にしたのだ。息が切れたのも仕方ないと言えるだろう。
「……それでこの死体はどうすれば良いんだ? 放置して行くのか?」
「多分討伐したらお金とかが貰えるんじゃ無いかな。だから討伐した証拠が必要だと思うよ」
「なるほどね。……でも死体を丸々持ち歩くのは面倒くさいな。どうすれば良いだろうか」
レイモンドは考え込むようにして腕を組んだ。その瞬間顔のすぐ横を恐ろしい速度で弓矢が通過した。振り向くとそこにはいつの間にかこっそり接近しようとしていた別のエイプウォリアーがいたらしい。弓矢を正面から食らうと血を吐いてエイプウォリアーは仰向けに倒れて行った。
「先程の戦闘は見事だったよ。……でもその後は駄目だな。警戒しておかないといつどこでモンスターと遭遇するか分からないからね」