第3話 デービッドが助けたい人
読んでくださりありがとうございます。名前も知らない人ですが、偶然会うことが出来ましたね。
「無事に帰ることが出来たんだな。良かった良かった」
「君たちが励ましてくれたおかげで何とか無事に帰ってこれたのさ。……ところで君たちがあそこのダンジョンを攻略したんだろう? 言いにくいんだが、……魔法を覚えられる本を譲ってもらうことは可能だろうか」
「譲る? ……どうしてその必要があるんだ?」
レイモンドは呆れたようにそう言った。目の前の男性が言いたいことが何か分からなかったからである。だが男性はそれを否定されたと取ったのだろう。何か諦めたような表情を浮かべたのだ。
「あぁ、違う違う。呪いが解ければ良いんだろう? 確か石化の呪いだったか?」
「そうだが……」
「ならマシューに頼めば良いさ。何て言ったって【解呪】が使えるんだからな」
そう言ってレイモンドはマシューを指で示した。男性は目を輝かせ、まるで希望を見るかのようにマシューを見つめた。そんな顔で見つめられると断るものも断れないなとマシューは思いながら男性の顔を見ていた。もっとも断る理由は全く無いのだが。
「俺で良ければ力になるよ」
「本当か⁉︎ ありがとう、……ありがとう」
マシューへの感謝の気持ちかそれとも呪いが解けることに安心したからか男性はマシューに礼を言いながら大粒の涙を流し始めた。傍目から見ればマシューが泣かせたように見え野次馬のような視線が3人に刺さった。
慌てて宥め始めるが男性の涙は止まることなく流れ続けた。独特の緊張感が張り詰める冒険者ギルドの中で異質な混沌空間がそこにはあったのである。それは涙が止まるまで続いた。
……数分が経ちようやく男性は落ち着きを取り戻した。
「……申し訳ない。こみ上げてくる涙に負けてしまったよ」
「まあ、気持ちは分かるよ。僕もエレナが石化から直った時泣きそうになったからね」
「(……実際泣いていたような気がするけどね。言わないでおいておこうか)」
「自己紹介を忘れていたな。俺の名前はデービッドだ」
「僕の名前はエルヴィス、そしてここにいるのがマシューとレイモンドだよ。……それで、デービッドが助けたい人は今どこに?」
「俺の息子なら今俺の家だが……」
「なら早速行こうか。マシューたちは今日特に予定は無いよね?」
ここでようやくエルヴィスはマシューたちに振り返った。少しはこちらの様子も伺ってくれとレイモンドは文句を言いたげである。だが、とんとん拍子に決まる物事の流れを止めることはしたくない。肩をすくめながら口を開いた。
「無いから進めてくれ」
「ありがとう……。俺の家はここからすぐ近くなんだ。案内しよう、ついてきてくれ」
こうしてデービッドを先頭に3人は冒険者ギルドを後にしたのである。歩きながらデービッドはしみじみと語り始めた。
「……実はな。君たちに偶然会えないだろうかと思ってこの時間はギルドにいることにしていたのさ。……こんなに早く会えるとは思わなかったけどな」
「それはこっちもだよ。納品しにギルドに行けば会えるんじゃないかと思ってね。……あの時名前を聞くのを忘れていたからちょっと気になっていたのさ」
「……本当に君たちは優しい人たちだな。俺はこんな人たちに出会えて幸せものだよ。もちろん俺の息子もだ。……さ、着いたよ。ここが俺の家さ」
話しながら歩くこと数分後。デービッドはある建物の前で足を止めた。綺麗なレンガ造りのその建物はかなり新しいものに思われる。最近帝都へ引っ越して来たのだろうか。そんな疑問を持ちながら3人はその家の門を潜った。
「ちなみに聞いておきたいんだが、息子さんが石化したのはいつのことなんだ?」
「三月前だな。無謀にも知恵の樹上に挑んだ結果石化して帰ってきたのさ」
そう言いながらデービッドは部屋の扉を開けた。そこには青白い肌のまだ若い男性が椅子に座らされていたのだ。石化していたエレナとほぼ同じように見える。石化したのはこの人物で間違いないだろう。
「彼がデービッドの息子なのかい?」
「あぁ、そうだ。俺の息子のミゲルだよ」
「よし、それじゃあマシュー頼むよ! ……あ、その前にこれを渡しておくよ」
そう言ってエルヴィスは収納袋から魔力回復薬を取り出した。【解呪】の発動にはそれなりの量の魔力が消費される。まさに知恵の樹上を攻略し帰ってきたばかりのマシューであれば飲んでおいた方が良いのだ。
「魔力回復薬? そんなに魔力を使うのか?」
「回復魔法の中なら消費が激しい方なんだよ。枯渇することは流石に無いと思うけど、念のためね」
それを聞いたデービッドは納得の表情である。マシューは受け取った魔力回復薬を受け取り、一息に飲み干した。これで魔力切れの心配は無いだろう。マシューはミゲルを正面にして右手をかざした。淡くあたたかい光がミゲルを包み込む。やがて石化が解かれたミゲルがゆっくりと体を動かし始めた。
「…………あれ? ここは、……」
恐らく石化した瞬間と今自分がおかれている状況との差に混乱しているのだろう。ミゲルは忙しなく辺りを見渡していた。そして石化から無事直ったことに感極まっているのだろう。デービッドはかつて無いほどの勢いで涙を流していた。