第38話 《知恵》の使い道
読んでくださりありがとうございます。とうとう黄金の林檎を手にすることが出来ました。
そう言うエルヴィスの顔は心配そうである。マシューとレイモンドは《知恵》の象徴である黄金の林檎を手に入れることが目的であったがエルヴィスたちは違うのだ。だからこそ手に入れられたことを喜びながら同時に少しばかりの不安を感じているのだろう。
マシューはそんなエルヴィスを見ながら冷静にそう分析した。気分が高揚しているのにも関わらず冷静に分析出来るのは手のひらの上にある黄金の林檎がそうさせるのだろう。穏やかに微笑んでマシューは口を開いた。
「もちろんさ。……さあ、修羅の国へ一緒に行こうか」
マシューの自信溢れるその言葉にエルヴィスの感じていた不安は消し飛んだのである。そして4人は本当の意味で心から黄金の林檎を手に入れたことを喜んだのだ。そんな4人に近付くものがいた。すっかり蚊帳の外にされていたソフィアである。
「お主たち修羅の国へ向かうと言っていたな? あの場所はかなり危険な場所じゃ。それは何故か私に教えてもらっても良いかの?」
「……ここにいるエレナの父を探すために」
「ほう、父親とな。……修羅の国は別名獅子の国とも言われる表と裏が混在する危険な国じゃ。もし覚悟が生半可なら行くべきでは無い。……エレナと言うのはそこのお嬢さんじゃな? お主の覚悟を聞いても良いかの?」
ソフィアは口調こそ柔らかかったが視線は鋭く言葉には重みがあり、エレナは一瞬気圧されてしまった。だがそれで覚悟がブレることは無い。呼吸を整えたエレナは強くソフィアの問いに答えるのである。
「決して生半可な覚悟ではありません。……パパが今何をしているのか、私は知りたいんです」
「……良い覚悟だ」
既に覚悟を決めているエレナを見て穏やかにソフィアは微笑んでいた。マシューは一度その覚悟を聞いているとは言え改めてエレナの覚悟を聞き一層気を引き締めた。その時穏やかに微笑んでいたソフィアがマシューの方を向いたのだ。何かあるのだろうか。
「さて、お主の名前をまだ聞いていないな。お主、名を何と言う?」
「……マシューだ」
「家名は何と言う?」
一瞬場が虚に包まれた。なぜソフィアがマシューの名前を知りたがるのか、そしてなぜ当たり前のようにマシューの家名を聞いたのか。思わず喉から出そうになった疑問をマシューは呑み込んだ。
「マシューと俺は田舎出身で家名なんて無いぜ」
「……なるほど、いやそれなら良いのじゃ。変なことを聞いて済まなんだ。……お主にはこれから先色んなことが起こるじゃろう。象徴を手にするものは皆全てそのような運命を持って生まれて来るのじゃ」
「……」
「じゃが、それを何とかするのも象徴の力じゃ。《知恵》の象徴である黄金の林檎を手にしたお主ならきっと乗り越えられるはずじゃ。……運命とは受け入れるものでは無い。受け入れられざるものならば必死で抗うもの。お主の運命が良いものになることをここから祈っておこう」
横で聞いているレイモンドたちはソフィアが何を言っているのかさっぱり分からなかった。だがマシューには少しだけ理解したのだ。それは常に頭に入れておくことだと思ったマシューは頭にソフィアの言葉を刻み込み、そして礼を言うため頭を下げたのだ。
「……さて、私としてはいつまでもいてもらって構わないんじゃが、目的のあるお主たちは早く戻るべきじゃろう。ならばこれに触れると言い」
そう言ってソフィアは黄金の林檎があった台座目掛けて杖を掲げた。すると台座の上に浮き上がるようにして青い球体が現れたのである。何の魔法かは分からなかったが相当高位の魔法であることは込められた魔力の濃さから推測出来た。
「……これは?」
「これは私が発動させた上級魔法【転移】じゃ。これに触れれば紅玉の祠まで戻ることが出来る」
以前見たものと違う故にマシューとレイモンドはてっきり違う魔法だと思っていたのだ。なるほどこれも【転移】のようである。ユニコーンが発動させたものは確か緑色をしていたはずだ。
「……以前見た【転移】とは違うな」
「以前って古代樹の空洞の時のことかい? あの時は魔法が覚えられる本を取れば発動するタイプだったよね。だから違うのは当たり前だよ」
エルヴィスは古代樹の空洞の時の話をしていると思ったのだろう。マシューとレイモンドに丁寧に説明をしてくれたのだ。だが残念ながら2人が言っていることは古代樹の空洞の時では無い。説明するのが難しくマシューもレイモンドも困惑するしか無かった。
「……ふむ、必要であれば高位の方の【転移】を発動させるがの。紅玉の森まで転移させるだけならそこまでは必要無いじゃろ」
「あぁ、なるほど。それで理解出来た」
「……高位の方の【転移】?」
ソフィアの言葉でマシューは納得の表情である。そして話が急に分からなくなったからであろう。エルヴィスの方は口を開けたまま眉をひそめていた。今丁寧に説明しても良いのだがそれには少しばかり時間がかかりすぎる。
「さ、帝都へ帰ろうか」
「待ってくれ。魔法を使う者としてさっきの話を聞いておきたい!」
「俺が後で詳しく説明するよ。その方が多分すんなり納得出来ると思う」
「本当?」
「マシューの説明は割と丁寧だよ。だから大丈夫だと思うぜ」
マシューはもう既に帰ることしか考えていない。それを見たレイモンドは同じく帰りたいのかマシューに助け舟を出し、エレナは微笑みながらそれを見守っている。多数決に押されるかたちでエルヴィスは渋々納得し全員で【転移】に触れた。
こうして4人は紅玉の祠へ戻ったのである。後は帝都へ戻るだけ。モンスターと遭遇しないルートはエルヴィスが知っている。出発した時は低かった太陽がもう真上に見える。どうやらもう昼の時間のようだ。それに気が付いたマシューは真上から光を注ぐ太陽を見上げ少し笑った。
これにて第2章は終了となり、次回より第3章がはじまります。これからも楽しんでいただけると嬉しいです。