第37話 わずかな隙間
読んでくださりありがとうございます。マシューはいったい何に首を傾げていたんでしょうか?
「……さて、どうしようかな」
マシューは行き止まりに見える道をじっと見ながら何かを考えていた。もちろん引き返すかどうかを考えているのでは無い。行き止まりにしか見えないこの道に何か隠されていないかを考えているのだ。
「……ん? この壁はもしかして……」
じっと考え込みながらマシューは行く手を阻む目の前の壁をじっと見つめた。するとあることに気が付いたのである。それはじっと見なければ分からないほどの僅かな違いだったが気付いた後は恐ろしいほどの違和感をマシューに覚えさせた。
実は目の前にある壁は少し高さが天井に足りていないのだ。天井との間に出来ている僅かな隙間から光が漏れて見える。そして他の壁と比べると若干薄い。まるで元々通り道であった場所に後から壁を作ったかのように見えるのだ。感じた違和感を払拭するためにマシューは一歩ずつ前に進み始めた。
ゆっくりと近付いたマシューは目の前の壁を指でそっと押し込んだ。支えの無いその壁はたったそれだけで後ろへ倒れ潰れた。そして壁が倒れた先にはニヤリと笑う人物が座ってマシューを待っていたのである。彼はゆっくりと立ち上がり1つ長い息を吐いた。
「……お見事じゃの。やはりたどり着くのはお主だったか」
「あなたがここにいると言うことは……」
「あぁ。……試練は達成じゃな」
そう言いながらソフィアは自分の後ろにあるものをマシューにも見せた。台座に黄金の林檎が乗っている。初めて間近で見るそれは目が眩むほど眩しく輝いていた。
「……1つ、聞いておきたいことがある。……良いかの?」
「……もちろん」
「道を塞がれていたじゃろう? じゃがお主はそれを見て少し悩んでから壁を指で押し込んだ。……その結果今ここにいる訳じゃが、なぜお主は壁を押す選択が取れたんじゃ?」
ソフィアはマシューが壁を押す選択が出来た理由が気になるようだ。マシューも別に確証があってそう行動した訳では無い。感じた違和感を膨らませた結果ニセモノでは無いかと思ったのである。だがそれでは答えにならないだろう。マシューは自分が考えていたことをゆっくりと言葉にしていった。
「……最初は行き止まりだと思った。行き止まりだったらすぐに引き返すべき。……でも引き返すことに少しだけ疑問があった」
「ほう。……その疑問とは?」
「……なぜ行き止まりまでの道が一本道だったのか……かな。……もしあそこから引き返すなら最初の分かれ道まで引き返す必要がある。それなら他の3人の誰かが到達するはず。それなら引き返す意味は大して無い」
「……それで引き返すことに疑問を持ったと」
マシューは無言で頷いた。ソフィアはマシューの話をとても興味深い表情で聞いていた。そしてその表情はやがて満足したものに変わったのだ。何か納得したのだろうか。
「なるほど、それでは続きを聞こう。なぜ壁を押し込む選択が取れたんじゃ?」
「……もし引き返すことが正しく無いなら何か秘密があるんじゃないかと。それで壁をじっと見ていたら何となくニセモノみたいに見えた」
「……何となく。つまり、勘かね?」
「あ、いや。そうじゃなくて」
ソフィアが鋭い視線を飛ばした。確かにこの言い方ならただ勘で行動したと言っていると取られても仕方がない。だが実際マシューはちゃんとニセモノである根拠があったのだ。落ち着かせるために1つ長い息を吐きマシューはゆっくりと話し始めた。
「……高さが違ったんだ」
「高さが?」
「他の壁は天井にまで届くほど高いのにこの壁は少し後ろの光が見えた。……そうだ。それで後ろに何かあるんじゃないかと。そう思い始めるとそうにしか思えなくて」
「……よく考えられている。思考があって始めて《知恵》は生きるのじゃ。今の感覚を忘れないようにな」
マシューは自分が考えていたことを言葉にするのに必死だった。そしてそれはソフィアにも充分伝わったのである。さらに言葉を続けようとするマシューを手で制し、ソフィアは黄金の林檎を手に取るとマシューへ手渡した。質量を持つそれはずしりと手のひらに重みをもたらした。
「……試練を無事に達成したお主には《知恵》の象徴である黄金の林檎を授けよう。お主にはその資格がある。……そしてそれを分かち合う仲間もおるようじゃの」
そう言うとソフィアは台座に立てかけてあった杖を手に取りその先で地面を突いた。それにより【迷宮構築】が解除されたのである。見る間に壁が消えて無くなり石で出来た床の上に驚いた表情を浮かべた3人が座っていた。
「壁が……消えた?」
「……これは、いったい」
「……! あそこにいるのはマシューか?」
壁が消えたことに驚きしばらく3人はマシューに気付かなかった。一番最初にマシューへ駆け寄ったのはレイモンドである。続いてエルヴィス、エレナもマシューのもとへ駆け寄って来た。3人はそれぞれマシューの手の上にある黄金の林檎を見て思い思いに喜んだのである。それを見てマシューは幸せそうに微笑んだ。
「俺は手に入れられるとすればマシューだけだと思っていたんだ。……本当だぜ?」
「あぁ、確かにレイモンドはそう言っていたよ。僕がそれを保証しよう。……それでマシュー。修羅の国への行き方は分かりそうか?」