第33話 偶然が呼び起こすもの
読んでくださりありがとうございます。マシューはどうやら落ちてしまったようです。いったいどこに落ちたんでしょうか。
3人はマシューが落ちてしまった地点に集まっていた。残念だが落ちてしまったことは取り返せない。再び合流するためにも安否確認と合流場所を決めなければならないのだ。
「ここのどこかから落ちたってことだよね。……それにしてはどこにも足を滑らせるようなところは無さそうだけど」
「俺がマシューに一番近かったからな。直前のマシューがどんな感じだったかは把握してるぜ。……俺が見た限りでは足を滑らせたと言うよりは何も無い場所に落ちたって感じだった」
足を滑らせて落ちたのだとエルヴィスとエレナは考えていたが、レイモンドに言わせれば違うらしい。そこでもう一度よく見てみると、なるほど人が1人入れそうな穴を発見したのだ。恐らく木の幹が腐って空洞になっていたのだろう。レイモンドの話から考えるにマシューが落ちたのはこの場所である。エルヴィスはのぞき込むようにして穴の中に声をかけた。
「マシュー! 聞こえるか?」
「……聞こえるよ!」
「落ちたことは仕方ないから一旦下で合流しよう。その場所から紅玉の祠まで戻れるよね?」
「……分からない」
「……分からない?」
エルヴィスは紅玉の祠を合流場所に指定したのだ。それは知恵の樹上からでも紅玉の森からでも目印にしやすいからである。だがマシューから返ってきた返答は分からないである。予想だにしない返答にエルヴィスは困惑を隠せなかった。
「……みんな降りて来てくれないか?」
「え?」
「……今俺がいる場所が上手く説明出来ないんだ。説明するよりみんなが降りて来た方が早い」
エルヴィスもエレナも困惑を隠せなかった。確かに全員が降りた方が合流が早いのだが、マシューは自分の位置すら把握出来ていないようなのだ。そんな場所になぜマシューは来いと言っているのだろうか。
……ふと、レイモンドの顔を見た。彼はマシューの友であり理解者である。彼ならマシューの言う意味が自分たちより分かるだろう。そんなレイモンドはニヤリと笑みを浮かべ銀の大盾とシュバルツスピアを収納袋に仕舞い始めた。
「どうやら何か面白いものを見つけたらしい。俺はここを降りるがあんたらはどうするんだ?」
「……降りるのはリスクが高いんじゃないか?」
「確かにリスクは高いがよ。だからってここに留まる理由も無いだろう。……俺は降りる。あんたらはあんたらで判断すれば良いさ」
そう言ってレイモンドはさっさと穴の中に降りてしまった。残されたエルヴィスとエレナは顔を見合わせて、それから後ろを振り返った。ここから紅玉の森まで戻るには何らかの方法で降りるか今までの道を引き返すかしか無い。どれもそれなりにリスクが高い選択である。ならば取るべき選択肢は最善手である。
2人は無言で頷くとそれぞれ武器を収納袋に仕舞い込みマシューとレイモンドを追って空洞の中へ飛び降りた。こうして4人は知恵の樹上を出たのである。
……遡ること少し前、穴に落ちてしまったマシューは自分に起こったことを冷静に分析していた。
いや、せざるを得なかったと言った方が良いだろう。なぜなら彼の視界にはただ闇しか見えなかったからである。知恵の樹上から落ちれば紅玉の森に出るはずだ。だが今まで見たどの景色にもこんなに闇が深い場所は無かったのである。となればここは紅玉の森では無いどこかである。
「……【着火】」
収納袋の中にはそれなりの太さの枝が数本ある。【着火】を発動させれば明かりが確保出来るのだ。そしてここでようやくマシューは自分のいる場所の全容を目で見たのである。
暗闇に包まれたその場所は荘厳な石柱と石の壁に囲まれた細長い通路であった。一言で言うなら神殿に近いだろうか。【着火】の明るさを持ってしても奥にあるものが見えないほど長くその通路は続いていた。
「……マシュー! 聞こえるか?」
かなり上空からエルヴィスらしき声がした。かなり小さく聞こえたが聞き間違いでは無いだろう。ここで初めてマシューは上を見上げた。なるほどかなりの高さを落ちたらしい。のぞき込んでいるであろうエルヴィスの顔すら確認出来なかった。エルヴィスのところまで届かせるために大きく息を吸い込んだ。
「聞こえるよ!」
「……落ちたことは仕方ないから一旦下で合流しよう。その場所から紅玉の祠まで戻れるよね?」
「分からない。…………みんな降りて来てくれないか? …………今俺がいる場所が上手く説明出来ないんだ。説明するよりみんなが降りて来た方が早い」
いくら大きく吸い込んでもその量の言葉は言い切れない。だからマシューは時折り深く息を吸い込んで思い切り叫んだ。伝わったかどうかは分からない。だが聞こえているなら、レイモンドは来てくれるだろう。そんな確信がマシューにはあった。
安全に降りて来られるように足場を整えたその瞬間上空から何かが滑り降りる音がした。【着火】で照らされたその表情はニヤリと笑みを浮かべていた。
「やはり来て正解だった。……こんな場所があったとはな」