第31話 因縁の敵
目の前で見たマシューは素直にエルヴィスを褒めた。戦ったモンスターに一番近かったのはマシューだが、マシュー自身は付与された重力が感じられていない。それだけの精度で発動出来ると言うことはそれだけ鍛錬をしたと言う証拠である。素直に褒められたエルヴィスは照れ臭そうに笑った。
「まあ、小型モンスターにしか効かない魔法だよ。それほど良いものでも無いさ」
「小型以外にも効きそうだけどね。……そう言えばあのモンスターは何てモンスターなんだ?」
マシューはレイモンドの様子を伺った。見覚えは特に無かったのだろう、図鑑のページをめくりながら頭を掻いていた。やがてレイモンドは図鑑を閉じた。表情はやや硬い。恐らく特定が出来なかったのだろう。レイモンドはそのモンスターから一番遠い位置にいたのだ。特定出来なくても仕方あるまい。
「……分からなかった。多分サンダーバード種かクロウ種のどれかだとは思うけど、あの距離からじゃあちょっと判別するのは無理だ。せめて討伐した後の姿が分かれば良いんだが、……これじゃ回収も無理そうだな」
「多分地面まで落ちているんじゃ無いかな? 結構な音もしてたしね。それなら回収はかなり面倒だし、諦めて進む方が良いと思うよ」
エレナは冷静に分析してみせた。確かに結構な音がマシューにも聞こえていた。もし地面にまで落ちているならば回収は難しいだろう。落ちて行った辺りを見ながらマシューは頷いて前に顔を向けた。そしてその表情が少し険しくなったのだ。
ゆったりと羽ばたきながらやや大型の白い鳥型モンスターが葉の上に降り立った。不敵に嗤うそのモンスターはマシューにもレイモンドにも少しばかり不気味に思われた。そしてエルヴィスとエレナの様子を伺った。2人ともかなり険しい表情である。なるほど、このモンスターがそうらしい。
「こいつがそうなのかい?」
「あぁ……、そうだ。こいつはコカトリス、石化を狙う難敵だよ」
4人の目の前にコカトリスはゆっくり降り立った。その立ち居振る舞いは堂々としたものであり、モンスターとしての格の高さが伺える。想像よりも大きなその体は4人に威圧感を放っていた。
「……ちなみに、こいつにさっきの【重力付与】を発動させたらどうなるんだ?」
「体格が大きい分力はかなり強いみたいでね。残念ながら僕の【重力付与】じゃ行動を制限することすら出来ないよ」
エルヴィスはその問いに真顔で答えた。その答えには迷いは一切無い。恐らく以前試したことがあるのだろう。聞いたレイモンドは険しい表情をして前に向き直った。どうやら正面から倒す他ないようだ。覚悟を決めてレイモンドはシュバルツスピアを構えた。
マシューはもう既にウェイトソードを構えている。その上で自分の周囲の枝の有無を注意深く確かめた。もちろん石化されるのを回避するためである。どこに回避すれば良いか確かめたマシューはさらに確認をするためエルヴィスの方を向いた。
「石化してくる時の行動パターンはどんな感じなんだ?」
「コカトリスは翼を大きく広げだあとに目から光線のようなものを発射してくる。それに当たれば体の石化が始まる。掠ってもだめだ。その光線だけは確実に避けないといけない」
足場が悪い状況で掠るのもだめとなるとかなり回避の難易度は上がる。予備動作があるだけマシだとマシューは思うことにしたのだ。エルヴィスのその返答に一つ気になるところがあったのだろう。今度はレイモンドがエルヴィスの方を向いて口を開いた。
「石化ってのは一瞬でなるのか? それとも当たったところから広がっていくのか?」
「当たったところから効果が現れ始めるよ。だから当たったと思ったら分かりやすく叫んでくれ。完全に進行すれば【解呪】が必要だが、当たってすぐなら【治癒】をかければ間に合う。……進行は割と早いから焦らないようにね」
「なるほどね。……マシュー、当たるなよ?」
レイモンドはマシューを向いて笑った。4人の中で石化を治療することが出来るのはレイモンドを除く3人と人数としては多い。ただし、その中でもいつでも石化をなおせる【解呪】が使えるのはマシュー1人である。つまりマシューが完全に石化してしまった場合、治療する術は無いに等しい。
自分は絶対かつ確実に回避しないと。マシューはウェイトソードのグリップを強く握りしめて1つ息を吐いた。相変わらず目の前のコカトリスはただ不敵な笑みを浮かべるだけである。どうやらコカトリスの方から仕掛けるつもりは無いようだ。それならばとマシューは魔力をこめながらコカトリスとの距離を少しずつ詰めた。
この距離なら魔法を外す事はないだろう。マシューは魔法によるダメージを与えるために【火球】を発動させた。だが、魔法が外れないと言うのは向こうも同じなのである。【火球】をコカトリス目掛けて放った瞬間、コカトリスはカウンターをしようと翼を大きく広げたのだ。
「石化攻撃が来るぞ‼︎」
翼を広げて石化攻撃を発動しようとするコカトリスに一番近いのはレイモンドである。いち早く発動に気が付いたレイモンドはすぐさま回避を試みた。その間コカトリスと一切目が合っていない。つまりこの魔法はレイモンドに向けて発動されたものでは無い。
コカトリスが狙ったのはマシューであった。そしてそのマシューは自分が発動させた【火球】により見えづらくなっており、マシューは一瞬反応が遅れた。そして焦ってしまったマシューは狭い足場でバランスを崩した前に倒れ込んでしまったのだ。
「マシューっ‼︎」
思わず後ろを向いてレイモンドは大声で叫んでいた。レイモンドにはコカトリスが光線をマシュー目掛けて放ったのが見えていた。そしてほぼ同時にマシューが前に倒れ込んだのも。レイモンドはマシューに石化攻撃が直撃したのではと気が気でない。
だがエルヴィスもエレナも【治癒】を発動しようとしない。それどころか前を向けと言いたげな顔でレイモンドを見ていた。
「安心しなよ、マシューは回避出来ている。……どうやらただの偶然みたいだけどね」
「あぁ、俺なら大丈夫だよ」
読んでくださりありがとうございます。知恵の樹上にはあのモンスターが生息しているのです。