第28話 知恵の樹上を目指して
読んでくださりありがとうございます。知恵の樹上の入り口はどこにあるんでしょうか。
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紅玉の森
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足を踏み入れた紅玉の森は相変わらずりんごの木に囲まれた光景が広がっていた。目指すべき場所である知恵の樹上はその名前から木の上にあるのではと予想される。だがエルヴィスは木の上を目指すような素振りは見せない。ひとまずは紅玉の祠がある場所まで進んで行くのだろう。
紅玉の祠がある場所まではモンスターが少ない道をエルヴィスが選んでくれている。比較的安全であるためにマシューの心には余裕があるのだ。足元に転がるそれなりの太さの枝を2つほど拾いながらエルヴィスの後ろに続いて歩いた。そろそろ祠が近い。朝食を食べていない2人は少し腹を空かせていた。
「さて、祠に着いたね」
「よし来た! 今回も祠にりんごを供えるんだろう?」
レイモンドは期待のまなざしでエルヴィスを見ている。これではりんごを供えるよりもその後食べることを楽しみにしているようにしか見えない。そんな様子だと祠の神様も怒るんじゃないかとマシューの右の眉が少しだけ上がった。そして見られているエルヴィスは真顔である。
「いや、今日は何も供えないよ」
「え?! それはまたなんで?」
今日は何も供えない。エルヴィスのその一言はレイモンドにとって衝撃であった。知恵の樹上に行くのなら当然りんごを供えるのだろうとばかり思っていたのだ。そしてそれはマシューもまた同じである。結局彼もまた供えた後のりんごを楽しみにしていたのだ。
「今回の目的は知恵の樹上を攻略して黄金の林檎を手に入れることだ。つまり紅玉の祠に手をかけようって訳さ。それなのに祠の神様に攻略の無事を祈ったって仕方ないだろう?」
なるほど、エルヴィスの言うことには納得出来る。確かに4人はこれから黄金の林檎を手に入れようとしているのだ。その成功を祠の神様に祈っても仕方無い。だが、それはそれこれはこれである。マシューとレイモンドは朝早く緋熊亭を出発した関係で朝食を食べていないのだ。
「……実は俺たちまだ朝ごはんを食べてないんだ。正直供えた後のりんごが食べられるから良いと思っていたんだよ」
「あぁ、なるほどね。別に供えないってだけで食べるなとは一言も言ってないよ」
それを聞いてレイモンドは露骨に顔を緩ませた。口にこそ出していないが割と限界が近かったらしい。エルヴィスが収納袋からりんごを取り出すのをレイモンドは笑顔のまま待っていた。そんなレイモンドには気付いていないのかエルヴィスは振り返ってエレナの方へ向くと口を開いた。
「エレナは朝ごはんは食べた?」
「私は食べてきたよ」
「それじゃあ今から食べるのは2人分だね。僕らはその辺で待ってるから適当な木に登ってもいで来なよ」
「あれ? 今日は持ってないのか?」
「この前供えた分で在庫が無くなってね。それに今日は供えないつもりだったから持って無いよ。……そうだな、ついでに何個か取ってきてくれると嬉しいかな」
マシューとレイモンドは頷いてそれぞれりんごの木目掛けて散った。紅玉の森のりんごの木は枝が多く登るのは比較的簡単である。鎧が軽装なマシューはもちろん鎧がかなり重いはずのレイモンドも素早く木に登ってりんごをもいで齧り付いた。
つい先程まで木になっていたりんごは新鮮そのものであり、空腹なこともあり2人は大変満足したのである。そのまま手近にあるりんごを2つほどもいだマシューはふと前に視線を向けた。紅玉の祠があり黄金の林檎がなっている木はマシューの目の前である。
この森で一際大きなその木は他の木と違い幹の周りの枝が全て切り取られ足をかける場所が無く単純に登るのは難しそうである。だが登ってしまえば黄金の林檎はすぐ近く。何となくマシューは黄金の林檎に手が届きそうに思えた。そしてマシューは試しに今いる木から飛び移ろうとしてみたのだ。
距離にしておよそ8メートル程度。登った分の高さも合わせると到達すること自体はさほど難しくは無い。同じことを考えていたのだろう。すぐ横にレイモンドも飛び移って来たのだ。それに気付いたマシューは少し笑いそして顔を歪めた。
「……まあ、気持ちは分からなくも無いけど。……大丈夫かい?」
エルヴィスはしゃがみ込んで2人を見ていた。黄金の林檎がなっているこの木は枝が全て切り取られいることに加えて表面が以上なまでにツルツルなのだ。故に他の木から飛び移った2人は抵抗虚しくそのまま地面に滑り落ちたのである。
「……高いところから見ると登れそうだったんだけどね」
「この木は登れないね。もしそれが可能なら何年も手に入れた人がいないことにはならないよ」
エルヴィスは冷静にそう言い放った。確かに木に登るだけで黄金の林檎を手に取ろうとするのは甘い考えだったと服についた土埃を払いながらマシューとレイモンドは立ち上がった。ついでにもいだりんごをエルヴィスに手渡しながらレイモンドは少し何かを考えているようだ。
「それで? 知恵の樹上ってのはどこにあるんだ?」