第27話 魔法を教えるよ
読んでくださりありがとうございます。エルヴィスは時々ぶっ飛んだことを言います。
「準備か。……確かにそれは必要だな。……それで、準備って何をするんだ?」
マシューは納得したように頷いたが、何の準備かはよく分からなかった。レイモンドも同様である。そんな2人を交互に見てエルヴィスはにこりと笑った。
「君たちへの約束を果たす時が来たよ。今から明日にかけて僕から君たちに魔法を教えようじゃないか」
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夜凪海岸
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少し遅めのお昼ご飯を食べてエレナの家を出た4人は夜凪海岸へ来ていた。魔法を教えるということは何度か魔法を試すに違いない。魔法の試し撃ちの場所として考えるのは皆同じ場所なのだろうかとエルヴィスについて歩いた結果辿り着いた場所に2人は思わず笑ってしまったのである。
「……何を笑っているのかちょっと分からないけど、今から結構厳しいことになると思うよ?」
「厳しい……と言うと?」
「魔法を実戦で扱う時大事なことはたくさんある。属性魔法ならどれだけの数発動出来るのか、どれだけの速度を出せるか、疲れてからどれくらいパフォーマンスが落ちるか。補助魔法ならどれだけの効果があるのか、そしてそれがどれほど長く続くのか、疲労によって短くなるのか否か。……自分の今の状態は魔法使いじゃなくても間違いなく知っておいた方が良い」
そう言いながらエルヴィスは収納袋に手を入れ取り出した瓶を海岸に並べ始めた。色から考えるに回復薬や魔力回復薬だろう。魔力回復薬の割合が多く合わせて20個以上の瓶が海岸に並べられたのである。何となく2人は嫌な予感がした。
「……エルヴィス、その瓶は?」
「もちろん魔力を回復するための回復薬さ。と言っても君たちが飲むだけじゃ無い。エレナの分もあるからね」
「回復薬の方が少ないのは?」
「回復は私に任せてね! 私のリハビリに付き合ってもらうよ」
そう言って得意気にエレナは胸を張った。なるほど並べられた魔力回復薬の一部はエレナが飲むためのようだ。だかそれにしたって並べられた本数がかなり多いのである。これほど回復薬が必要な場面は経験した覚えがない。
「さ、それじゃあ始めようか。これだけ回復手段があるなら遠慮なく魔法が使えるだろう? ここにある瓶が全て無くなる頃には僕が知ってる魔法のことは全て教えられるはずさ」
そう言うエルヴィスは笑顔である。横にいるエレナもまた笑顔である。そんな2人にやっぱり無しでとは言えまい。まさかこんな方法で教えるとは思っていなかった。2人はエルヴィスに魔法を教えてもらうと言ってしまったことを後悔しながらこれから始まるであろう出来事を受け入れた。
そして一日が経過した。短いながら休憩を挟みながら2人は魔法を発動させ続けた。飲み過ぎた魔力回復薬の味が最早感じられなくなった頃、2人は自分が扱える魔法の全てを理解したのである。
「……そろそろ終わりで……いいか?」
「魔法については全部教えられたと思うよ。エレナはどう?」
「バッチリだよ! 石化した前より回復魔法が上手くなった気がするよ」
「そう。それじゃあ終わりだね」
エルヴィスがそう言った瞬間、マシューもレイモンドもその場に仰向けになって寝転んだ。身体中の疲労が半端では無かった。恐らくこれからどんなことが起ころうともこれほどまでに体力と魔力の消耗と回復を繰り返したことは無いだろう。
「……もう、今日は何も……したくない」
「……俺もだ」
「これだけ魔法が出来るようになったんだ。きっと明日攻略する知恵の樹上も僕たちなら攻略出来るさ。さ、宿まで送ってあげるよ」
そう言ってエルヴィスは2人を肩の上に担ぎ上げた。エルヴィスは細身だが時々信じられないほど力持ちに思える時がある。最初はただの力持ちなだけだと2人は思っていたが実はそこにはある秘密があったのだ。その秘密を2人はもう知っている。肩の上で揺れながらぼんやりと2人はそんなことを考え、ゆっくりと緋熊亭に帰ったのであった。
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紅玉の森
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一日振りにベッドでしっかり眠りすっかり元気になったマシューとレイモンドは朝早くに起きてからすぐ準備をして、紅玉の森の入り口に向かっていた。朝になって人々が徐々に動き始めるのを横目に見ながら2人は帝都の関所を潜った。
関所を潜れば紅玉の森の入り口はすぐである。大分朝早く動き始めたと2人は思っていたのだが、やはりエルヴィスは早起きのようだ。2人が来るよりも早く紅玉の森の入り口にいたようである。
「おはようエルヴィス。相変わらず早起きなんだな」
「まさか、たまたま早く起きただけだよ」
エルヴィスは照れ臭そうに笑ってそう答えた。いつも早起きでは無いと自分では言っていたもののエルヴィスが待ち合わせの場所にいる時間は今のところ連続してマシューたちより早いのだ。マシューたちが遅いわけで無いのならエルヴィスがさらに早起きだと言うことである。聞こえて来る足音に振り返るとエレナがこちらへ駆けて来るのが見えた。
「……みんな早いんだね。なんなら一番早いんじゃないかと思ってたんだけど」
「ふふ、それだけみんな気合いが入っているってことじゃ無いかな」
エルヴィスのその言葉にマシューとレイモンドも無言で頷いた。これだけ朝早い時間に4人全員が揃ったのだ。全員相当気合いが入っていることは聞かなくても分かる。《知恵》の象徴を手に入れるため、4人は気合い充分で紅玉の森へと足を踏み入れたのであった。