第1話 ヴィクターは上機嫌
読んでくださりありがとうございます。第2章の始まりです。
マシューは目を開けてベッドから出るとすぐに窓へと歩き勢いよくカーテンを開けた。心地の良い朝日がいっぱいに部屋に差し込んで来た。緋熊亭でこうしてカーテンを開けるのもそろそろ慣れて来ただろうか。そんなことを考えてマシューは1人微笑んでいた。
1つ伸びをしてから振り返るとレイモンドも起きて来たようだ。眠そうに目をこすりながらマシューの方を向いていた。
「……あぁ、もう朝か。おはよう、マシュー」
「おはよう、レイモンド。良く眠れたかい?」
「あぁ、よく寝たさ。……今日の予定を決めないとな」
「今日はまず武器屋に行くのはどうだ? クラウンソードを俺が持つのなら代わりの武器を何か買っておかないといけないだろう?」
嵐馬平原から帰還した2人は話し合った結果クラウンソードはこれからマシューが持つことにしたのである。それは借り物の武器よりも自分が決めた武器を持つべきだと言う2人で出した結論からなのだが、それを実行するとレイモンドの近距離武器が無くなってしまうのだ。そのため早急に何かしらの近距離武器を買っておく必要が出て来たのである。
幸い嵐馬平原から帰還したその後ギルドで納品を済ませており、所持金は金貨2枚と銀貨6枚に増えている。これだけあればそれなりの武器を購入することが出来るだろう。
「それじゃあ午前は武器屋に寄るだけにしようか」
「良いね、それじゃあ朝食を食べたらすぐに出発しよう」
予定もすぐに決まった2人はすぐに準備を済ませ食堂へ行こうと階段を降りて行った。普段ならまっすぐ食堂へ着くのだが今朝は違っていた。誰かに途中で呼び止められたのである。それに気付いた2人が振り返ると呼び止めたヴィクターが上機嫌に2人に近づいて来たのだ。
「やあ、おはよう」
「おはようヴィクター。……随分と早起きだな」
「実は夜明け前に目が覚めちまってよ。仕方が無いから暇つぶしにちょっとギルドに行っていたのさ。ところであんたら今日何か予定があるのか?」
「予定? 無かったらどうなるんだ?」
「さっきギルドで面白いことを聞いたのさ。……なんでも紅玉の森の近くにダンジョンが見つかったって噂なんだよ」
ダンジョンが見つかった。それはどうやらかなり大きな出来事であるらしい。目の前のヴィクターはかなり上機嫌である。……だが、2人にはそれがなぜ大きな出来事なのかが理解出来なかった。そもそもダンジョンがどう言うものか知らないからである。
「……ええと、ダンジョンって何だ?」
「はぁ⁈ ……あんたらダンジョンを知らないのか? この前バーナードと魔法の本の話をしていただろう? 薄いものじゃなくて分厚い方の本の話をさ!」
「……?」
上機嫌な表情が一転してヴィクターは困惑の表情を浮かべていた。確かにマシューもレイモンドも初級魔法が習得出来るような本を知っている。だがそれはニコラから読ませてもらったものであり、どうやって手に入れるものなのかは残念ながら全く知らないのである。
「……なるほど、どうやら本当にダンジョンについて知らないらしい。それじゃあどこでその本を読んだんだ? 書庫にはあるがあんなの滅多に使えないだろう?」
「魔法が覚えられる本ならニコラに見せてもらったんだ」
「ニコラ? ニコラって言うと、……確か深緑の騎士団かどこかの騎士団長じゃなかったか?」
「そうだよ、そのニコラだよ。帝都に来る時に偶然会ったのさ」
答えを聞いたヴィクターは感心したような表情をした一方で、答えながらマシューは少し困惑していた。ヴィクターに教えてもらう流れのはずがなぜかヴィクターの質問に2人が答える流れになってしまっていたからである。詳しく説明しても構わないのだがダンジョンの話も聞きたいのだ。ひとまずマシューは話を最初に戻すことにした。
「……ところでなんで魔法が覚えられる本の話を? ダンジョンと何か関係があるのかい?」
「もちろんある。その魔法が覚えられる本の多くはダンジョンの奥地で見つかるのさ」
そこからヴィクターによってダンジョンについての詳しい説明が始まった。ヴィクターによればダンジョンと言うのは不規則的に入り口が見つかる洞窟のことであり、攻略すれば 2度と中に入れなくなる代わりに奥地で魔法が覚えられる本が数に限りはあるが一冊手に入るのだそうだ。
魔法が覚えられる本は貴重であり、大抵の場合ダンジョンは入り口が見つかった瞬間からどんどん攻略されてしまう。そのためマシューたちにはあまり関係なさそうな話なのだがヴィクターによればダンジョンには奥地に行くこと以外にもどうやら目的があるようである。
「……ええと、つまり俺たちは行くべきだって言うことだよな?」
「そう言うことだ。さっきも言ったがダンジョンは攻略すれば 2度と入れない。だがそれはあくまでも攻略すればの話だ。攻略しないで撤退したならばもう一度攻略を始めることは可能。モンスターともある程度遭遇出来る上に、複雑な地形の練習にもなる」
「……なるほど。ちなみにダンジョンの難易度とかって分かったりするのか?」
「……さすがに難易度まではまだ分からないな。なにせ奥地にあるのは回復魔法の本らしいからな。奥地まで目指そうって奴が少なくてよ」