第43話 ユニコーンが守るもの
読んでくださりありがとうございます。ユニコーンはいったい何を守っているのでしょうか?
ユニコーンは穏やかな声でそう言った。そこからはまったく敵意は感じられない。目の前のユニコーンは2人からすると先程のアルマと同格かそれ以上のモンスターに思われる。連戦は厳しいと思っていたがどうやらその心配は無さそうである。こちらも敵意が無いことを示すためにマシューは構えていたウェイトソードを下ろした。
「……嵐馬平原。ということはやはり嵐馬荒原では無い場所に転移したんだな」
「いかにも。ここに来るにはある特別なものが必要だったはずだ。それはどこで手に入れたのだ?」
「……ええと、夜凪海岸で……」
「ふむ、本来ならばそんな場所には決して置いていないな。つまり汝らは全くの偶然でここへ来る条件を満たしたと言う訳か。……ふふ、《幸運》を守るこの場所らしい理由であるぞ」
そう言ってユニコーンは穏やかに笑い始めた。なぜユニコーンが笑っているのか分からない2人は顔を見合わせて困惑の表情である。やがてユニコーンは真顔に戻ると2人を正面に見据えて口を開いた。
「……この場所は試練の台座と言い、そこに上がった人の子に我ら守護者が各々で試練を課すのだ。そして我が汝らに課した試練は我が分身、鎧馬アルマに何らかの形でダメージを与えることだったのだよ。……さて、試練に打ち勝った汝らにはこれを受け取る資格がある」
ユニコーンは空高くいななくと風属性の魔力を台座目掛けて放出したのである。台座はユニコーンの魔力を全て吸収して台座の上にあるものを出現させた。どうやら鎧のようである。
「あれは蹄鉄の鎧と言い、《幸運》の象徴である。受け取ると良い。汝の助けとなるだろう」
ユニコーンはそう言ってマシューをじっと見つめた。どうやらユニコーンの言う汝とはマシューのことのようであり、マシューに蹄鉄の鎧を受け取れと言っているのだ。マシューとレイモンドのどちらが受け取っても問題無さそうではある。だからマシューは試練とやらを達成したレイモンドが受け取るものだと思っていたのだ。
だが、指名されたのはマシューである。そしてユニコーンはまっすぐマシューを見つめておりレイモンドに譲るような流れでは無い。気まずさを感じながらもマシューはゆっくりと台座へ歩いていった。
マシューは蹄鉄の鎧の前に立った。重みのある銀色のその鎧を間近で見たマシューは吸い込まれるように手を伸ばした。マシューが触れるのは初めてである。だが、不思議なほど蹄鉄の鎧はマシューの手にすぐに馴染んだのである。不思議な不思議な感覚であった。
「……さて、人の子よ。これから先、汝には様々なことが起こるだろう。《幸運》は時に因果をねじ曲げるほどの力を持つ。汝の中に正しい意志があるならば、きっと道は開ける。《幸運》とはそう言うものだ」
そう言うとユニコーンは天に向かって1ついなないた。するとユニコーンの前に小さな緑色の球体が現れたのである。どうやら何かの魔法のようである。
「これは【転移】と言って2つの異なる地点を繋ぐ上級魔法だ。これに触れれば嵐馬荒原のユニコーン像まで戻ることが出来る」
「……2つの地点を繋ぐ?」
「あぁ。汝らは元の場所に戻りたかったのだろう?」
「……こんなもので転移が出来るとは」
信じられないという表情でレイモンドは目の前の球体を眺めていた。確かに2人がこの場所にやって来た時は体全体が光に包み込まれたような記憶がある。それ故に転移した際に使われた魔法はかなり大規模なものだと思い込んでいたのだ。
「人の子を2人転移させるのにそれほど大きな魔力は必要ない。故にこの大きさで問題無いのだ」
「……1つ、聞きたいことがある。嵐馬荒原のユニコーン像の蹄は外した方が良いのか? あの蹄がさっき言ったある特別なものなのだろう?」
「鍵の蹄のことだな。確かにあれは嵐馬荒原からここ嵐馬平原への【転移】を発動させるのに必要なものだ。だが、唯一では無い。故に何の影響も持たない。汝らの好きにすると良い。……もう聞きたいことは無いか?」
「……大丈夫」
「ならば【転移】に触れると良い。……汝らの《幸運》を祈っている」
2人は【転移】に触れた。次の瞬間光の柱が2人を包み嵐馬荒原へと転移させたのである。転移する直前、マシューはユニコーンの顔を見た。穏やかに笑うその表情をマシューはきっと忘れないだろう。
――
嵐馬荒原
――
「おいっ! 起きろ!」
そんな声と共に体が大きく揺れているのを感じる。いやこれは揺れているのでは無い揺らされているのだ。どうやらまたいつの間にか気を失っていたらしい。そのことに気がついたマシューはゆっくりと目を開いた。
「……やっと起きたか」
「あぁ、悪い。……そうか、俺たちはちゃんと帰って来れたんだな」
目を開いたマシューの目の前にはこちらを向いているユニコーン像と発動中の【転移】の魔法である空中に漂う小さな緑色の球体があった。そして周りの景色はやや強い風が吹く荒原である。どうやら本当に戻って来たようだ。
「最初に転移された時は本当にどうしようかと思ったぜ。何とか帰って来れて良かったよ」
「あぁ、本当に良かった。……それで蹄はどうする?」
「……ユニコーンは好きにしろって言っていたからなぁ。マシューが決めてくれよ」
レイモンドは少し考える格好をしてから決断をマシューに投げた。こう言う時レイモンドは一切何も考えていないことをマシューは経験上知っている。つまりマシューの好きにして構わないと言うことだ。マシューは少し考え、結論を出した。
「……何かトラブルになってもいけないからな。俺たちで持っておくことにしよう」
そう言ってマシューはユニコーン像の左前脚の蹄を捻るようにして外した。それに呼応するようにユニコーン像の目の光が消え【転移】も消えたのである。取り外した鍵の蹄をマシューは丁寧に収納袋に仕舞い込んだ。
収納袋から顔を上げたマシューはレイモンドが空を見ているのに気がついた。もうじき日が暮れそうであるらしい。ゆっくりと沈みゆく夕日が2人の行き先を優しく優しく照らしていた。
これにて第1章が終了となり、次回より第2章が始まります。これからも楽しんでいただけると嬉しいです。