第38話 腹が減っては……
読んでくださりありがとうございます。収納袋は整理しておくべきですね。
「まさか。君の話は大体理解しているつもりだよ? さっきまでこの中にはこれ以外何も入ってなかったから入れただけだよ」
そう言ってマシューは右手に持っている古びた地図をレイモンドに見せた。確かにレイモンドの記憶でもマシューが収納袋に入れていたのはこの古びた地図と先程レイモンドに手渡したクラウンソードだけである。つまりそれを出した今収納袋は空のはずである。
マシューはレイモンドから収納袋を受け取ると討伐の証を入れるものを右に、受け取った方を左の腰に下げて古びた地図をそこに入れた。左右を間違えると大変だが相当困惑していない限りは間違える心配は無いだろう。
討伐の証を回収すればここに用はもう無い。川を渡る橋を目指して2人は進み始めた。進み始めてわずか数秒後、背後から何かが羽ばたく音が聞こえたのだ。
モンスターが襲って来るのではと2人は急いで振り返ると、鳥のようなモンスターが2体ほどやって来ており地面にあるバイコーンの死体をつついていた。死肉を食うその姿だけでも不気味なのだが全身が黒く尾羽が淡く黄色に光るその見た目がさらにその不気味さを加速させていた。
そしてその内の1体は自分たちの獲物だと主張するようにこちらをまっすぐ見据えながらつついているのだ。幸いこちらに襲いかかる気は無いようでその鳥はずっとその場を離れなかった。神経を荒立ててしまわないようそっと2人はその場を後にした。不気味な空気が2人の間に少しばかり漂っていた。
「……想像はあまりしたく無いが、バイコーンが俺たちでもあんな風につつかれるんだろうな」
「あのモンスターはサンダーバードだな。群れを形成することや時折雷属性の魔法を使ってくる故に厄介なモンスターだよ。……あんな風に獲物を横取りするほど弱いモンスターでは無いはずなんだがな」
レイモンドは首を傾げている。レイモンドはモンスターについてかなり詳しいがそれは持っている図鑑をかなり深く読み込んでいるからであり、図鑑に載っていないことは知らないことが大半である。やはり本で調べるのと実際に目で見るのとでは大きく差があるのだなとマシューは結論づけた。
……いや、実際に見ても遠目では限界があるのかもしれない。マシューはそんなことを思いながらすぐそばに見える橋を見つめた。遠目で見た時はもう少し頑丈そうに見えたのだが、強風に煽られているその橋は今にも壊れてしまいそうである。
「……これを渡るのか?」
「……正直ちょっと嫌だな」
レイモンドも同じことを考えていたようだ。ため息をついたかと思うと軽く辺りを見渡して見つけた木にもたれかかった。
「だが、渡らない訳にもいかないよな。少し休憩してから渡ろうぜ」
そう言ってレイモンドは収納袋から何かを取り出すとマシューに投げてよこした。レイモンドが投げてきたのは携帯食料のようだ。
「……もうこれを食べるのか?」
「もうこれ以降のタイミングで落ち着いて何かを食べるのは無理かなと思ってな。俺たちの目指しているあの場所で何かしらの戦闘が起こる可能性ってのはゼロじゃ無い。むしろ起きない可能性の方が低いくらいだ。なら腹が減った状態でそれを迎えるのはなるべく避けたいだろ?」
「なるほどね」
マシューがそう答えるとレイモンドは笑って包み紙を開けた。それを見てマシューもその場に座り込むと包み紙を開けた。雑貨屋で買える携帯食料は乾いたビスケットのような栄養食品のようである。味はそれなりに美味しいのだが口の中の水分がどんどんと無くなっていく。残念ながら2人とも水分が取れるようなものは持ち合わせてはいなかった。
やや険しい顔を浮かべながらも2人は携帯食料を腹に入れた。実は腹はそれなりに減っていたようで口がパサパサになったことを除けば2人はかなり満足したのである。
「……今度から水分補給が出来るようなものを持っていかないとな」
「……あぁ、武器より地図より優先しなきゃいけない」
「さて、それじゃあ渡ろうか」
「……これを食べながらちょっと観察してたんだが、あの橋の周りにモンスターは居ないようだぞ? 1体くらい居ても良いはずだが気配すら感じなかった」
レイモンドはそう言って首を傾げた。マシューもまた同じことを思っていたのだ。気付くか気付かないかくらいの位置ではあるが先程までの道のりでは何体かモンスターを見かけたのである。わざわざ戦闘を仕掛けに行く必要も無かろうとスルーしていたのだ。
だが、この橋の近くに来てからパタっと気配が消えたのである。これほどモンスターの気配が無いのなら罠でも仕掛けられているのだろうかと注意深く観察してみてもそれらしきものは見当たらなかった。
「……全く無いってのは不気味だな。罠も考えたがそれらしきものは無さそうだ」
「そうなんだよな。……さっきも言ったけど渡らない訳にもいかない。一応橋はもう1つあるとは言え目的地よりかなり離れてしまう。罠があるかもしれないってのはどっちも変わらないのなら目的地に近いこちらの橋を渡るべき。……だよな?」
「あぁレイモンド、その通りだよ。覚悟を決めようか」
マシューに促されレイモンドはようやく覚悟を決めたようだ。レイモンドのため息混じりの深呼吸を横で聞きながらマシューはゆっくりと橋に向けて歩き始めた。
強風に煽られるその橋は今にも壊れそうな見た目ではあったのだが案外丈夫なようである。2人が普通に渡っても軋むような音も無く罠が仕掛けてあることも無く2人は普通に対岸へ渡ることが出来たのだ。
「……なんだか拍子抜けだな」
「無事に渡れたんだからそんなの気にしなくて良いと思うよ? 目指す場所はもうすぐだ、早く行こう」
「それもそうだな」
こうして2人は無事に橋を渡り目指すべき場所へ向けて歩き始めた。相変わらずの強い逆風を体全身で受けながら2人は着実に1歩ずつ進んでいた。そんな2人の足が突然完全に止まった。止めざるを得なかったとも言えるかもしれない。
「……あれは、何だ⁈」
「……俺も見たことが無い。……何なんだあれは⁈」