第33話 寝るにはまだ早い
読んでくださりありがとうございます。2人は午後何をして過ごすのでしょうか。
「……寝るにはまだ早いんだよな」
「あぁ。ものすごく早い。今から眠れば恐らく深夜に目が覚めてしまうんじゃないかな」
「だよな。ゆっくり休むために寝る時間をどれほど早めたとしてもせめて寝るのは夕食後が良い。つまり今考えなきゃいけないのは夕食までどうやって時間を過ごすかだぜ。ちょっとはお金が手に入ったから地図でも買いに雑貨屋に行くか?」
「いや、まだやめておこう。お金がたまったと言っても金貨と銀貨が1枚ずつしか無いんだ。なるべく使わないようにしていかないとすぐに無くなってしまうと思う」
レイモンドの提案をマシューはすぐに却下した。そもそもゆっくり休むべきなのは今日だけでは無い。いつだって疲れきって動けなくなる前にゆっくり休むことが大事なのだ。つまりゆっくり休み疲れを取るために空けた半日をどう過ごすかと言う命題はこれから常に2人について回るのだ。
「……鍛錬するって言っても宿屋の中で魔法を発動させる訳にはいかないからなぁ……」
「なるほど、その手があったな。レイモンド、君は今良いことに気がついたぞ」
空いた時間に魔法の鍛錬でも出来ればと呟いたレイモンドだったが室内で魔法の鍛錬をする訳にはいかない。そう考えていたのに隣のマシューはまるでそれが名案であるかのような反応を示したのだ。
「……? 魔法の鍛錬なんてこんな室内じゃ出来ないだろ?」
「魔法の鍛錬は出来ないが身体の鍛錬は出来る。この生活に慣れないうちは室内で出来るトレーニングから始めてどんどん体を鍛えていけば普段の戦闘も楽になって行くだろう。……これは結構良い考えなんじゃないかい?」
「なるほどね。そいつは確かに良い考えかもしれないな」
それから2人は夕食の時間が来るまでの間長い時間をかけて自分の肉体を心ゆくまで鍛えた。適宜インターバルと水分補給を挟みながらゆっくり時間をかけたその鍛錬は夕食が食べられる時間が来ても尚続いていた。
「……ふぅ。もう外は真っ暗だな。そろそろ終わろうか」
「……長い時間の使い道としてはかなり有効だな。なんだか身体全体が強化された気がするぜ。汗の量がすごいから風呂に入ってから夕食を食べに行こうぜ」
「あぁ、そうしようか」
長い時間のトレーニングのおかげか2人とも気持ちのいい生き生きした笑顔を浮かべていた。その状態でさらに風呂に入ったのだ。2人が夕食を食べるため食堂へ来た時には午前中モンスターの討伐に奮闘した人だとは思えないほど晴れ晴れした表情であった。食堂の奥に座りビールを飲んでいたバーナードは2人を見て首を傾げている。
「……あんたらものすごく気分が良さそうだな。午後の間何をしていたんだ? 俺の知る限り外には出てないと思ってるんだが」
「あぁ、外には出てないな。ずっと筋トレをしてたよ」
「…………ずっと?」
「ずっと」
2人は当然のように真顔でそう答えた。最早何も言えなくなったバーナードは樽ジョッキを持ったまま固まってしまった。そんなバーナードを不思議そうに見ていると2人のもとに夕食が運ばれて来た。
今夜の夕食はカレーである。2人ともかなり腹が減っていたこともありわずか数分で大盛りのカレーが2人の胃袋の中にに消えていった。2人がカレーを食べ終わりスプーンをテーブルに置いたその時食堂の扉が開いた。食堂へ現れたのはどこか疲れた様子のヴィクターである。
「……ふぅ、疲れた。バーナードいいもん呑んでるな。見てたら呑みたくなって来たな。さっき言っておけば良かったぜ」
「厨房に行ってポーラに言えば用意してくれるぞ。……あぁ、でも今あいつは食事の準備で忙しいか。……よし! ちょうど俺もそろそろお代わりしたいと思ってた頃だったからな。ついでにもらって来てやろう」
「おっ! そいつはありがたい。是非お願いするぜ」
バーナードはゆっくり立ち上がるとしっかりとした足取りで食堂を去った。何杯か呑んでいるはずだが足取りはしっかりしていた。どうやらバーナードは酒にも強いようである。2人とも既に夕食を食べ終わっているため食堂にい続ける理由は無い。そろそろ部屋に戻ろうかと立ち上がろうとしたその時ヴィクターが2人を呼び止めた。
「そう言えばあんたら午後は何をして過ごしていたんだ?」
「……? 午後はずっとトレーニングをしていたけど、それがどうしたんだ?」
「偉いな。うん、すごく偉い。せっかくの先輩の助言を投げ捨てて狩りに出る冒険者は一定数いるんだよ。だがあんたらは俺の助言に従って部屋にいたんだな。うん、すごく偉いぜ。……ん? 待て、ずっと? あれから今までずっと筋トレをしていたってのか?」
ヴィクターは2人を信じられないような目で見ている。思わず2人は顔を見合わせた。バーナードも気にしていたが何が信じられないのか2人には理解出来なかった。
「あぁ、ずっとトレーニングをしていたよ。……バーナードもそこを気にしていたけど、何かあるのか?」
「いや、……それはすごいな。俺には多分出来ない。すぐに飽きちゃうからな」
そこまで言ってヴィクターは食堂の扉を振り返った。そろそろビールを持ったバーナードが現れても良い頃だとヴィクターは思ったのだ。そう思っているとちょうどバーナードが食堂へ入って来た。ただしその手にビールは無かった。
「ほいよ、今日の夕食を運んで来たぜ」