第32話 かもしれない未来
読んでくださりありがとうございます。バーナードはたばこが吸いたいだけです。
当然のようにバーナードは言い放った。なるほど、彼はマシューの魔法の練習のためと言い訳してただたばこが吸いたいだけらしい。先程感じた微笑ましさを返して欲しいと思いながらマシューはバーナードが咥えているたばこに人差し指を近づけた。
やり方はこれで合っているはずである。少しばかり距離が遠いような気もするがマシューは気にせず発動させることにした。
「……【着火】」
「……うむ、丁度いい火種だ」
無事にたばこに火が灯され満足そうな表情をしながらバーナードは煙を吐いた。初めて使う魔法ではあるがどうやら上手くいったようである。現状たばこの火をつける以外の活用方法が浮かばない魔法ではあるがきちんと使うことが出来たことは嬉しいものだ。
「分かるぜ、その気持ち。魔法ってのは使えると気持ち良いよな。俺も魔法を初めて使った時はワクワクしたもんだよ」
「……ヴィクターは何の属性の適性があるんだ?」
「俺? 俺は雷属性だよ。威力は高いし、速度も速い。雷属性はこの点で魔力の適性としてはかなり上位の適性だな」
ヴィクターはそう言うと誇らしげに胸を張った。マシューとレイモンドの2人は雷属性の魔法を想像し、威力の高さと速度の速さに納得の表情を見せた。だがバーナードはなぜかニヤリと笑っている。どうやら何か秘密があるようだ。
「その雷属性で魔法を連発すりゃ大抵のモンスターは倒せるんじゃねぇか?」
「あぁ、……連発出来れば恐らく倒せるはずだ」
ヴィクターは少し表情を歪めた。ヴィクターのその表情と少し回りくどい言い方の理由が2人には分からなかった。
「……恐らく?」
「……雷属性ってのは数ある魔力適性の中でも威力と速度に優れた属性だ。だが、その分魔力消費が激しいって言う大きな欠点があるのさ」
「俺が習得済みの雷属性初級魔法は【雷撃】って言うんだが、現状の俺は一日2発が限度だ。それ以上撃つと精神の消耗が激しすぎてぶっ倒れちまう。依頼をこなすのに使うには燃費が悪すぎてな。もう半年は戦闘で使ってない」
なるほど、強い魔法にはそれなりのリスクが伴うようだ。ヴィクターの魔力量がどれくらいかは分からないがマシュー以上であることは間違い無さそうだ。もしレイモンドが【雷撃】を使えば一瞬で魔力が枯渇してしまうかもしれない。
「まあ、鍛錬はしているから今なら3発目も発動出来るかもな」
「久しぶりに使えば反動がやばそうだな。くれぐれも無理せずちゃんとここに帰って来るんだぞ? ……そういやあんたら午前中出かけていたようだが午後からもどこか行くのか?」
ふと思ったかのような表情でバーナードはマシューたちにそう尋ねた。今のところマシューたちは予定を決めていないのだが、お金が足りていないため恐らくはもう一度嵐馬荒原に行くことになるだろう。
「……多分午後もまた嵐馬荒原でモンスターと戦ってる……かな?」
「多分そうなるよな。現状お金が全然足りてないからね」
「……俺のおすすめとしては午後はゆっくり休むことだ。ちなみに冒険者の先輩ならどう考える?」
バーナードはそう言ってゆっくりと煙を吐いた。2人は午後休まなければならないほどの疲れを感じていない。故にバーナードがなぜそんなことを言ったか2人には分からなかった。だがバーナードはそれ以上何も言おうとはしない。自然と2人の視線は冒険者の先輩であるヴィクターの顔に集まった。
「俺も休むべき派……かな」
「別に俺たち疲れて無いんだが、どうして休むべきなんだ?」
「疲れて無いからこそ休むのさ。俺はこれこそが冒険者を長く続ける秘訣だと思うね」
ヴィクターはそう断言した。そこまで言うのだから根拠があるのだろうと思い2人ともしばらく黙って考えた。が、結局結論は出なかった。どれだけ考えてもヴィクターの言う意味が分からなかったのだ。
「あんたらまだ疲れて無いんだろ? だからまだ依頼をこなすために狩り場へ行こうとする。……違うか?」
「あぁ、そうだ。そこに何の問題があるんだ?」
「それじゃあ逆に聞くぜ? あんたらが今もし疲れていたらどうする?」
「……? 疲れていたら……寝て体を休める、……かな」
「狩り場のど真ん中でもか?」
「いや、それはさすがに」
「そうだろうな。だが疲れていれば体は思うように動かないもんさ。回復薬があればある程度は動けるだろうがそれにも限界はある。……それに限界ってのは案外あっさりやって来るのさ。自分の体力を過信して限界まで動き回り体力が果て思うように体を動かせなくなったところをモンスターに鏖殺された。これが新米冒険者が迎える一番悲しい結末だ。あんたらもそうなりたいかい?」
2人とも無言で顔を横に振った。そんな結末はあまりにも悲しすぎる。
「……なら体を休めな。疲れて無い時こそ休んでおくものさ」
2人とも無言で頷いた。最早言葉すら返せなくなっているがきちんと伝わっていると言うことが分かったからだろう。ヴィクターは穏やかに微笑み立ち上がった。
「それじゃあ俺も残った用事を済ませたら部屋でゆっくり休もうかな。お先に失礼」
そう言うとヴィクターはさっさと食堂を去って行った。2人もそれに続いて部屋へ戻った。まだ日は高く眠るには早すぎる時間帯である。2人とも今から眠る気には到底なれなかった。