第30話 先輩の教訓
読んでくださりありがとうございます。鋭い視線はいったい誰からのものなんでしょうか。
先程から感じていた視線の主を探し出したいところではあったが2人はヴィクターに急かされるがままギルドを出た。ギルドを出てからもヴィクターは上機嫌に話しかけて来るのだ。
グイグイ話しかけて来るヴィクターにマシューはつい少しばかり引いてしまっていたのだが、その時不意にヴィクターは真顔になったのである。……怒らせてしまったのだろうか。
「……ふぅ。とりあえずまあこの辺りで良いかな」
「……申し訳ない。……その、……怒らせてしまったのだろうか」
急に真顔になったヴィクターにマシューは恐る恐るそう尋ねた。だがそれを聞いたヴィクターはマシューに向かってニコリと笑みを浮かべたのだ。
「ん? ……あぁ、全然怒ってないぜ。多少無理して喋ってたからちょっと絡みづらかったよな。あんまりこう言うことに慣れてなくてよ」
「……こう言うこと?」
「あぁ、宿に着くまで俺が一緒だってのをアピールしていたのさ。……気付いていたか? あんたらハンターに狙われてたぜ?」
「ハンター? それはいったい何だ?」
「……そうだな。分かりやすく言えば新米冒険者を狙う悪党のことさ。報酬金を初めて貰って舞い上がっている新米冒険者を襲って新品同然の装備や貰いたての報酬金を根こそぎ奪うクズ共だよ」
ヴィクターのその言葉でマシューは納得した表情を浮かべた。あの時感じた品定めするような視線はハンターによるものだったようだ。恐らくあの視線はマシューとレイモンドを新米冒険者として標的にするか否かを判断していたことによるものなのだろう。
「……狙われているのは何となく分かっていたけど、そんな輩だったとは。」
「でも俺らなら返り討ちに出来たんじゃないか? だってそいつらは新米冒険者以外相手にしないような奴らなんだろ?」
そう言うレイモンドは真剣な表情である。本気でそう言っているのであり、そこに笑われる要素は無いはずだが、それを聞いたヴィクターは大笑いをしたのである。
「……何か可笑しいところでも?」
「あぁ、悪い悪い。俺の判断は正しかったと思ってね。ええと、……レイモンドだったかな。君に1つ質問をしよう。大切な質問だ。真剣に答えてくれ。君は人を殺した経験があるか?」
思わずレイモンドは息が一瞬止まってしまった。マシューも同じくである。なぜその質問を今するのか、なぜその質問が大切なのか。それが分からずレイモンドはこちらをまっすぐ見るヴィクターの瞳を無言で見ていた。ただひとつ分かることはヴィクターが真剣にその質問をこちらに投げかけたことだけである。
「…………やはり無いか。まあ仕方無いだろうな。では質問を変えよう。君は人を殺すことが出来るか?」
「…………」
「……無理だろうな。レイモンドもマシューも性格の良さが顔に出てる。そんなことを考える人じゃあ無いことはまだ絡みの少ない俺でも分かる」
「……さっきの質問の意図を聞いても?」
「あぁ、説明してやろう。あんたらは思考回路の中に人を殺してはいけないというものが入っている。その自覚は無かったとしてもな。だが、先程話した連中にはそう言うものが無い。だから平気で人殺しが出来る。……人を殺す気が全く無い人間が人を殺す気の人間に襲われた時、前者が勝つことはほぼ無い。上手く反撃が出来ないからな」
ヴィクターは淡々と言葉を吐いている。その言葉を耳では聞き取っているのだがすぐに頭で理解することは出来なかった。恐らくこれもまた彼の言う思考回路というものの一つなのだろう。
「……ならどうすれば良い?」
「いざとなれば相手を殺す気で戦うってことを体に染みつかせることだろうな。その考えが頭にありさえすればとりあえず反撃は出来る。後は自分の実力次第だ。……すぐには無理だろうが、なるべく早くその考えを体に染みつかせるんだな。……そうすりゃ仲間が死ぬことはある程度防げるはずだ」
そう言ってヴィクターはさっさと先に行ってしまった。残された2人はヴィクターの言葉をじっと噛みしめていた。確かに対人戦において相手を殺す気で臨むことは無いだろう。だがそれを持たなければこちらがやられてしまうのだ。相手を殺す気で戦うのはかなり抵抗がある。が、そのせいで仲間を失うのはもっと嫌なことである。
マシューは隣にいるレイモンドのことを考えた。もしレイモンドに危機が迫るのなら、相手を殺してでもその危機は脱さなければ絶対に後悔するだろう。絶対にレイモンドを死なす訳にはいかない。ヴィクターの言葉への結論が固まったマシューはその瞬間レイモンドの方へ顔を向けた。その時、レイモンドもまたマシューへ顔を向けたのである。目が合った瞬間レイモンドは吹き出すような笑い声を上げた。
「……何だよ。笑うような場面だったか?」
「ふふっ……。いや、まるで同じことを考えていたみたいだと思ってな。どうやら俺らは心配無さそうだ。……さ、着いたな。早く昼飯にしようぜ」
考えごとをしている間にいつの間にか緋熊亭にたどり着いていたようだ。考えを纏めるのに必死で忘れていた食欲は再び2人の腹を刺激し始めた。昼食に何が出されるのかと期待しながら2人は勢いよく緋熊亭の扉を開けたのであった。