第3話 そして月日は流れ……
読んでくださりありがとうございます。あの事件から3年が経過しました。
あの日父を亡くした時からマシューはレイモンドの家で世話になっていた。あの日の自分の家の光景をマシューは鮮明に覚えていた。忘れようとするのが正解なのかもしれない。そう思いながらもマシューは記憶に刻み込んでいた。そしてレイモンドもまた同じであった。
「……マシュー、そろそろ行くか?」
「そうだね、花は持ったかい?」
「あぁ、お前の父ちゃんと俺のじいちゃんの好きだった花をな」
レイモンドは立ち上がると玄関に立てかけてある2束の花を手に取った。毎年2人はマシューの父とレイモンドの祖父が好きだった花を墓に供えているのだ。マシューは自分の父の、レイモンドは自分の祖父の好きだった花をそれぞれ手に持って2人は家を出た。外は少しばかり肌寒い。少しだけ体を縮こませながら2人はゆっくりと目的地まで歩くのであった。
目的地はマシューの家の裏である。マシューがレイモンドの家に住むようになったので、この家には今や誰も住んでいない。ただマシューが残しておきたいと言ったので取り壊される事なく残っているのだ。
少しばかり建物が壊れかかっていた。住む人がいなくなった上に昨日やや大きめの地震があったのだ。これ以上の負荷がかかると簡単に壊れてしまうんじゃないかと思えるほどマシューには脆く見えた。…もうそろそろ取り壊してしまうべきなのかもしれない。壊れかかっている自分の家だった建物を見ながらマシューはそんなことを考えていた。
「何してるんだ、早く行くぞ」
「悪い悪い」
レイモンドは既に墓の前にたどり着いていた。軽く詫びると慌ててマシューも追いついた。父の墓の前にそっと花を供えたマシューは自然とあの日のことを思い出していた。
「……あれから3年が経ったんだな」
「あぁ、早いもんだな。俺はあの日のことを昨日のことのように思い出せる。あれから3年も経って俺らはもう成人したなんて信じられねぇよ。……マシュー、お前もだろ?」
「うん、……本当そうだよな。信じられないや」
「なぁ、マシュー。俺らはこれからどうすれば良いんだろうな」
「……これから? どうすれば良いって何のことさ?」
マシューはレイモンドが言いたいことがイマイチ分からなかった。レイモンドはマシューのその質問に答える前に自分の祖父の墓の横に腰掛けるとマシューの方へ顔を向けた。いつになく真剣な彼の目にマシューは少しばかり戸惑いを覚えた。
「なぁ、マシュー。俺らはもう成人したんだ。いつまでもこの田舎町にいる訳にはいかないんだよ」
「それはそうかもしれないけど、俺はこの町でまだやり残したことがあるんだ。せめて父さんたちがどうしてあんな目に遭ったのか知りたいよ」
「それは俺もそうさ。でもこの町にいても絶対分からないだろ? 俺の母さんはもうあの日のことは忘れようとしてる。あの日のことを覚えているのは俺らだけになるだろう。……それも近い将来、必ずね」
レイモンドは自分の考えに確信を持っているのだろう。その言葉は強く、断言されていた。そしてマシューもレイモンドの考えには賛同出来るのだ。ただこの町を出れば、自分の忘れまいとしているあの日の記憶が曖昧になってしまうんじゃないかと恐れているのだ。
「……おい。おい! マシュー!」
「……何だよ人が考えてる時にさ」
マシューはレイモンドの言ったことを深く考え込んでいた。にも関わらずレイモンドはどこかを指差したまましきりにマシューを呼んでいるのだ。少しだけ苛立ちながらもマシューはレイモンドの指差す方へ顔を向けた。
レイモンドの指差す方向にはマシューの家がある。裏側なんてあまり見ることが無いが特段変なものは見当たらない。
「何だよ。何を見れば良いんだよ。どこにも変なところは無いぜ?」
「よく見ろ。……あんな扉みたいなものあったか?」
言われてマシューはさらに注意深く自分の家を見てみた。裏口が見えるがこれはレイモンドも知っているはずである。首を傾げようとしたその時マシューもレイモンドの言う扉に気がついた。家の裏側の右下に確かに金庫の扉のようなものが見えるのだ。
「本当だ……。金庫……なのかな?」
「それは俺にも分からない。ただ、……中に何かあるってのは間違い無さそうだな。見た目は結構古いし、半分地面に埋まってる。果たしてちゃんと開くかどうか……」
2人が見つけたのはマシューの家の裏側の右下部分に半分だけ見える金庫に使うような厳重な扉である。そして見えない半分は地面の下なのだ。去年この墓に来た時には気づかなかったことや昨日やや大きめの地震があったことなどから考えると恐らく扉が見えるようになったのはつい最近のことだろう。
「開けようか。中に何があるのか俺も気になる」
「よし来た。それじゃあ開けちまおう。……こいつが押すタイプの扉なら問題無いが、引くタイプだとこのままじゃ開かないな。マシュー、ちょっとここで待っててくれ。何か地面が掘れるものを持ってくるよ」
そう言うとレイモンドは自分の家の方角へ走って行った。待っている間マシューは半分だけ顔をのぞかせているその扉をじっと眺めていた。あの日までおよそ12年間住んでいた家だがこんな場所があることは全く知らなかった。一体中に何があるのか。考えは尽きること無く決してまとまらなかった。